本連載は、日本国内初の「バークマン・メソッド」公認マスタートレーナーである伊藤武彦氏の著書『世界で通用する正しい仕事の作法 4つのカラーで人を知る、組織を活かす、世界と通じあう』を、許可を得て編集部にて再編集し掲載しています。
日本の問題② ロスト・イン・トランスレーション
日本人は、ものごとを理解するときロスト・イン・トランスレーションに陥っている
日本に横たわっている二つ目の問題は、「日本人は、ものごとを理解するときロスト・イン・トランスレーションに陥っている」というものです。
「ロスト(lost)」は「失われる」の意味で、「トランスレーション(translation)」は「翻訳」の意味ですから、「ロスト・イン・トランスレーション」を直訳すると「翻訳において失われる」といった意味になります。
ある文や言葉を、べつの文や言葉に訳そうとするとき、訳す前の文や言葉の意味しているものを、完全に訳した後の文や言葉に移すことができないときがあります。たとえば、英語のseeという言葉を、日本語では「見る」と訳すのが一般的です。しかし、seeの原義は「目に入るものを、見る」といったものであり、seeをただ「見る」と訳すと、「見える」や「気づく」といった意味合いは失われてしまいます。このように、ある文あるいは言葉を、べつの文あるいは言葉に移すときには、意味が「失われる」ことが起きるのです。
「ロスト(lost)」は「失われる」の意味で、「トランスレーション(translation)」は「翻訳」の意味ですから、「ロスト・イン・トランスレーション」を直訳すると「翻訳において失われる」といった意味になります。
ある文や言葉を、べつの文や言葉に訳そうとするとき、訳す前の文や言葉の意味しているものを、完全に訳した後の文や言葉に移すことができないときがあります。たとえば、英語のseeという言葉を、日本語では「見る」と訳すのが一般的です。しかし、seeの原義は「目に入るものを、見る」といったものであり、seeをただ「見る」と訳すと、「見える」や「気づく」といった意味合いは失われてしまいます。このように、ある文あるいは言葉を、べつの文あるいは言葉に移すときには、意味が「失われる」ことが起きるのです。
いまの説明は、言語についてのものでした。しかし、「ロスト・イン・トランスレーション」は、翻訳や通訳などだけに当てはまる話ではありません。ものごとを理解したり解釈したりするときの行為でも、ロスト・イン・トランスレーションは生じ、その問題に陥っている人びとがいます。
リーダーシップ研修で、自分にとって都合がよいことだけを吸収していた
たとえば、ある日本企業につとめる幹部候補の社員が、世界的なビジネススクールとして知られているスイスの国際経営開発研究所(IMD)で研修を受けてくるように会社から指示されたとします。実際、その社員は、IMDのリーダーシップ育成プログラムを受けました。講師は外国人で、プログラムのテーマは「グローバル・リーダーシップの発揮のしかた」。一通りの研修を受けて、この社員は日本に帰ってきました。
ところが残念なことに、この社員は「講師の話を、自分の会社での状況に置き換えてみたらどうなるだろうか」ということばかりにとらわれてしまっていました。講師の話す内容に対して、自分にとって都合よいものだけ「なるほど、おもしろい」と興味をもち、自分にとって都合の悪いものは、なにも関心を寄せることがありません。「自分の会社での状況」に当てはまりそうにないものについても聞き流してしまいました。
ところが残念なことに、この社員は「講師の話を、自分の会社での状況に置き換えてみたらどうなるだろうか」ということばかりにとらわれてしまっていました。講師の話す内容に対して、自分にとって都合よいものだけ「なるほど、おもしろい」と興味をもち、自分にとって都合の悪いものは、なにも関心を寄せることがありません。「自分の会社での状況」に当てはまりそうにないものについても聞き流してしまいました。
この社員にも、IMDの研修プログラムを受けて、それなりに得られるものはあったでしょう。しかし、その得たものとは、この社員が勤務している会社のなかだけで効果が発揮されるものに限定されてしまっています。講師が伝えようとしたメッセージと、この社員が受けたメッセージの間で、ロスト・イン・トランスレーションが起きたからです。
この社員の場合もそうですが、日本の人びとは、得てして自分がロスト・イン・トランスレーションを起こしていることを認識しないまま、得られたスキルに満足してしまっています。しかし、グローバルな視点からすると、この社員が得たものは、全体のごく限られた一部のスキルにしかすぎず、それだけで世界に通用することにはなりません。「自分の会社の状況」に当てはめるようとすることなく「なんでも吸収しよう」と考えていれば吸収できたものを吸収できなかったのです。
この社員の場合もそうですが、日本の人びとは、得てして自分がロスト・イン・トランスレーションを起こしていることを認識しないまま、得られたスキルに満足してしまっています。しかし、グローバルな視点からすると、この社員が得たものは、全体のごく限られた一部のスキルにしかすぎず、それだけで世界に通用することにはなりません。「自分の会社の状況」に当てはめるようとすることなく「なんでも吸収しよう」と考えていれば吸収できたものを吸収できなかったのです。
アフリカの価格交渉で日本式方法論は損をする
ロスト・イン・トランスレーションの問題から起きる弊害は、世界を舞台に仕事をするときに現れます。たとえば、アフリカで交渉をすることになり、現地の人がある製品を「2万円を出せば売ってやる」と言ってくるとします。これに対して日本人は、さすがに「2万円は高すぎるな」と感じて、「もう少し値段を下げてくれ」と頼みます。相手は、「ならば1万8000円でどうだ」と言ってきたので、「よし、それなら買う」と応じて1万8000円を支払いました。
この日本人は、「値切り交渉をして、値を下げてくれたのだから、成功した」と喜んでいます。しかし、グローバルな視点では、この交渉は失敗です。「2万円で売ってやる」と言われたものに対しては、すくなくとも「半額にしろ」と応じるのが定石だからです。相手は「ならば1万2000円でどうだ」と言ってくるので、「もっと安くしろ」と言い返し、結局、1万1000円で決着をするといったことが、とくに新興国のような場所での交渉では日常的です。
この日本人は、世界における交渉の方法論を得る機会はあったかもしれません。「提示額に対しては半額以下で応じろ」と。ところが、「半額以下で応じろ」というグローバルな交渉のしかたを学ぼうとせず、「額が少しでも安くなるように応じる」と都合よく解釈し、行動してしまったのでしょう。日本的な交渉に当てはめて理解しようとし、ロスト・イン・トランスレーションに陥ってしまったのです。
この日本人は、「値切り交渉をして、値を下げてくれたのだから、成功した」と喜んでいます。しかし、グローバルな視点では、この交渉は失敗です。「2万円で売ってやる」と言われたものに対しては、すくなくとも「半額にしろ」と応じるのが定石だからです。相手は「ならば1万2000円でどうだ」と言ってくるので、「もっと安くしろ」と言い返し、結局、1万1000円で決着をするといったことが、とくに新興国のような場所での交渉では日常的です。
この日本人は、世界における交渉の方法論を得る機会はあったかもしれません。「提示額に対しては半額以下で応じろ」と。ところが、「半額以下で応じろ」というグローバルな交渉のしかたを学ぼうとせず、「額が少しでも安くなるように応じる」と都合よく解釈し、行動してしまったのでしょう。日本的な交渉に当てはめて理解しようとし、ロスト・イン・トランスレーションに陥ってしまったのです。
海外で通じない『ビジョナリー・カンパニー』
ロスト・イン・トラスレーションの問題は、日本の社会的問題ともいえます。1990年代、アメリカでビジネスコンサルタントとして活躍したジム・コリンズと、組織論の専門家であるジェリー・I・ポラスが共著書を出しました。原題はBuilt to Lastといいます。Lastはここでは「継続する」の意味であり、原題は「継続するために建てられた会社」といった意味になります。
ところが、この本が日本で出版されたときは、『ビジョナリー・カンパニー』という邦題があたえられました。「ビジョンをもっている会社は継続する」といった意味合いです。本の内容自体は、もちろん原書と翻訳書で大きく変わることはありませんが、書名が大きくちがっています。日本人は『ビジョナリー・カンパニー』という書名だけ覚えているので、海外の人とこの本について話題にしようとするとき、「コリンズとポラスの『ビジョナリー・カンパニー』はお読みですか」と伝えて、海外の人からは「そんな本、出ていたっけ」と、いぶかしがられるといったことがしばしばありました。象徴的なロスト・イン・トランスレーション問題といえます。
ところが、この本が日本で出版されたときは、『ビジョナリー・カンパニー』という邦題があたえられました。「ビジョンをもっている会社は継続する」といった意味合いです。本の内容自体は、もちろん原書と翻訳書で大きく変わることはありませんが、書名が大きくちがっています。日本人は『ビジョナリー・カンパニー』という書名だけ覚えているので、海外の人とこの本について話題にしようとするとき、「コリンズとポラスの『ビジョナリー・カンパニー』はお読みですか」と伝えて、海外の人からは「そんな本、出ていたっけ」と、いぶかしがられるといったことがしばしばありました。象徴的なロスト・イン・トランスレーション問題といえます。
(次回に続く)
伊藤武彦氏の著書『世界で通用する正しい仕事の作法 4つのカラーで人を知る、組織を活かす、世界と通じあう』では、これまで8000社、300万人以上が利用しているダイバーシティを前提とした世界的なコミュニケーション手法「バークマン・メソッド」を紹介しています。
バークマン・メソッドでは4色に人の性格・行動を分類し、コミュニケーションを組み立てることで、自分と相手、そしてチームのパフォーマンスをより発揮させる方法を考えることができます。
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伊藤 武彦氏
世界最大の組織・人事コンサルティングファーム、マーサー社、ライトマネジメント社でグローバルマネジメント、グローバルリーダー育成、取締役会の改革等のテーマに携わる。
[ 略歴 ] 1991年早稲田大学商学部卒業。富士総合研究所入社、ベンチャー経営、マーサー・ジャパン社(名古屋所長、プリンシパル)を経てライトマネジメント社(プリンシパル)。2005年より名古屋商科大学大学院にて教壇に立ち、2008年同教授。英国ダラム大学ビジネススクールMBA修了。
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