大前研一「分断された世界。『アメリカ・ファースト』はすでに達成されている」

もしアメリカ合衆国大統領トランプ氏が、反グローバリズム、孤立主義といった政策を推し進めれば、世界は分断され、経済危機に陥るでしょう。世界はこれまで多くの経済危機を乗り越えてきましたが、現在、予見されている危機の要因は「政治」です。今、世界でいくつもの大きな変革が起き、経済を不安定にする要因が生まれています。この連載では、世界と日本にどんなリスクがあるのかを大前氏が解説します。

本連載では、大前研一さんの書籍「マネーはこれからどこへ向かうか『グローバル経済VS国家主義』がもたらす危機」(2017年6月発行)を許可を得て編集部にて再編集し掲載しています。

アメリカはすでに「ファースト」

あくまで「仮」の話ですが、もしもトランプ氏から「アメリカファーストをどうしてもやりたい、おまえがコンサルティングしてくれ」などと頼まれたとしましょう。
その場合、私がまず彼に伝えたいのは、「すでにアメリカはファーストじゃないか」ということです。

企業の時価総額世界トップ1000をランキングすると、330社はアメリカの企業であり、1位から12位までをアメリカ企業が独占しています。この20年間でアメリカは強くなり、世界中の国から羨望されています。
アマゾンやグーグル、アップルばかりではなく、ゼネラルエレクトリック(GE)やジョンソン・エンド・ジョンソン、ティラーソン国務長官がいたエクソンモービルなど、伝統ある企業も世界の上位に君臨しています。
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日米貿易戦争をやっていた頃のアメリカはたしかに困っていました。多くの業界が喘ぎ、家電メーカーは次々と倒産しました。しかし今は違います。
スターバックスからネットフリックスに至るまで、世界的に強いのはアメリカの企業ばかりです。

弱っている企業は米国内での競争に負けたのであり、外国の企業に敗れたという証拠はどこを探してもありません。
これ以上強くなってどうしようというのでしょうか。世界が「アメリカよ、勘弁してくれ」というぐらい、アメリカ企業は強いのです。
Airbnbも、Uberも、生まれてすぐに世界化し、競争相手にとっては脅威です。
なぜそれが分からないのか。それは、トランプ氏が訴えかけたのがアメリカの中で敗北した人、国内企業との競争に敗れた人たちが中心だからです。何度も言いますが、彼は今の経済を本当に知らないのです。

「アメリカファースト」「アメリカを再び強くする」。その発想自体が誤りです。

失業率は最低水準

雇用についても同じです。
職をつくれ、雇用を生め、と息巻いていますが、失業者の中には働きたくない人や働けない人もいて、失業率は5%が理論的限界と言われています。アメリカの失業率は今、5%という限界水準の低さです。
多くの企業を国内に回帰させ、大量の雇用を生んでも移民を増やさない限り、労働者はいないのです。

鴻海のテリー・ゴウ氏がトランプ氏の希望をかなえ、アップルのiPhoneをアメリカで作ろうとすれば100万人の雇用が必要となります。しかし、100万人のブルーワーカーはアメリカのどこを探してもおらず、メキシコの人を雇用するしかありません。

ミッドウェスト(アメリカ中西部)に古い昔に敗れた企業が残る企業城下町があり、失業率は50%程度に上りますが、アルコール依存症や薬物依存症などで働けない方も多く、そこに工場を造るのは大変なことです。このような自国の状況をトランプ氏は理解していないのです。

マネーはこれからどこへ向かうか 「グローバル経済VS国家主義」がもたらす危機

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予測不能な「AT(アフタートランプ)」の経済を、大前研一が読み解く!
大前研一による、「ニュースで学べない」最新経済論。
トランプ政権誕生、イギリスEU離脱、そして欧州にくすぶる政治の火種……。
政治が経済危機を呼ぶ状況のなか、マネーはこれからどの国に向かうのか?
今でも世界を飛び回る大前氏が予測する「危機」の真相とは。

取り組むべきは富の再配分、外交の是正

中国のアリババ社のジャック・マー会長はダボス会議においてアメリカの貧困問題について発言しています。発言の趣旨はこうです。
「アメリカのプアホワイトの問題について言えば、外国人が職を奪ってプアになったのではない。アメリカはプアホワイトの人たち、貧しい人たちを福祉で保護すればいい。資金がないというのはおかしな話で、中東で意味のない戦争に何十兆円も使ったのだから、あれをプアホワイトの人たちの保護に使えばよかったのだ。中東では何の成果も出していないし、軍事費に使った金を生活保護に使えばこんな問題は起こらないのではないか」
そのとおりです。
トランプ氏はツイッターでトヨタなどの日本企業も攻撃していますが、日本は感謝されて然るべき貢献をしてきたのです。

第一、日本はアメリカが敵視するほど強くはありません。むしろ、日本ほど「うまく、静かに」衰退している国はないでしょう。
犯罪も少ないし、失業者やホームレスがあふれているわけでもない。低成長でもこうした穏やかな国でいられるのであれば、日本はゆっくりと衰退していく世界のモデルであり、素晴らしく、理想の国だとすら言えます。
Photo credit: Michael Vadon...

Photo credit: Michael Vadon via VisualHunt / CC BY

普通ならアメリカのミッドウェストのように失業者が町にあふれ、暴動が起き、世の中が騒然とします。
ジャック・マー氏が言うように、アメリカの問題は、意味のない戦争にお金を使い、国内の貧しい人に適切な福祉を行っていないこと、つまり富の再配分がしっかりできていないことにあるのだと思います。

中東はブッシュ元大統領の父の時代から今日に至るまでアメリカが引っ掻き回しただけで何も解決しておらず、むしろ酷くなっています。そこにアメリカの国防予算の7割を使ったというのはとんでもないことです。
それを反省し、プアホワイトのために使えというのはまさしく正論です。こういうことは、日本からも言えなければなりません。

「アメリカ経済は衰退した」はトランプ氏の勘違い

プアホワイトは中国にではなく、国内競争に敗れた

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グーテンブック編集部 グーテンブック編集部