【大前研一「2018年の世界」】平成とは日本が泰平の眠りについていた時代。ポピュリズムと右傾化からは揺り戻しへ。トランプ大統領に歯止めはかかるか?

【連載第2回】2017年は日本が没落の一途をたどるばかりであることが明らかになった年でした。国際社会における日本のプレゼンスはこの30年で低下する一方であったのに対し、中国の成長は目覚ましく、世界経済は米・欧・中の三極体制に移行しつつあります。完全なる敗北と緩やかな衰退の中で日本が今やるべきことは、将来を全く視野に入れていない「人づくり革命」でも「生産性革命」でもありません。2017~2018年の世界・日本の動きを俯瞰し、2018年のビジネスに役立つ、大前研一氏による国と企業の問題・トレンド解説をお届けします。

本連載は、大前研一氏による2017年12月末の経営セミナーをもとにした書籍『大前研一 2018年の世界~2時間でつかむ経済・政治・ビジネス、今年の論点~(大前研一ビジネスジャーナル特別号)』(2018年1月発行)を、許可を得て編集部にて再編集し掲載しています。
今回の記事では、世界経済の動向を俯瞰し、中国の成長の一方で低迷する日本の状況や、欧州で見られるポピュリズムと右傾化からの揺り戻しの兆候、トランプ政権1年目の総括などをご紹介します。

緩やかに回復し、三極体制に向かう世界経済

回復傾向の中で日本は平均を下回る成長率

まず初めに主要国・地域のGDP成長率を見ておきましょう(図-1)。
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2017年は2016年よりも押しなべてよかったという具合です。先進国、また新興国や新興地域を見ても、中東や北アフリカを除いては成長率が上がっています。
BRICSはもう軒並み見る影もないのですが、中国とインドだけはまだ6パーセント台の成長率を保っています。
中国の成長率は2018年には6.4パーセント程度に落ちるであろうと言われていますが、それでもまだ6パーセント台なのです。
インドは意外に健闘していますが、まだまだ6パーセント台に甘んじることなく伸び続けないと国全体が貧困から抜け出すのは非常に難しいでしょう。

GDP成長率の世界平均は3.6パーセントですが、日本はそれをはるかに下回り1.5パーセントです。アベノミクス新3本の矢で掲げられた、2020年ごろに名目GDP600兆円の目標を達成するには年率3.45パーセントの成長が必要となる計算ですが、2.0パーセントさえ遠い先のことになりそうです。

平成の世、日本は泰平の眠りについていた

世界のGDPに占める先進国と新興国の比率を見ると(図-2)、2015年では新興国が39パーセントということで、だいぶ大きくなってきています。
地域別に見ますと、米国とEUに続いて中国が大きくなってきている様子がわかります。日本は2015年で6パーセントですが、ここからもやはり年々衰退してきているのが見て取れると思います。
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30年前に私は『平成維新』という本を出しました。昭和最後の時に書いた本なのですが、これの表紙は当時の世界各国のGDPを面積で表した世界地図です。
この頃の中国は、GDPを表現すると日本の九州程度の面積でしかありませんでしたが、それから平成も29年になってみると、中国のGDPは、九州どころか日本全体の2倍超にもなっているのです。平成というのは中国がゼロダッシュから世界第2位まで一気に加速した時代だったということです。

これがいつかはこける、中国の崩壊が始まるという論調の、いわゆる「中国崩壊本」が数多く出ています。しかし中国崩壊は、あちこちで語られる割には、なかなか起こりませんし兆しすら見えません。
崩壊がいつ起こってもおかしくない状況にあり、綻びはあちこちに出てきているけれども、国全体が崩壊するような予兆はまるで見えてこないのです。
平成元年には九州くらいの大きさの経済であったものが30年近く経つと日本の2倍超にまでなっている一方で、日本はこの間何をしていたのでしょうか。泰平の眠りについていたようです。

大前研一 2018年の世界~2時間でつかむ経済・政治・ビジネス、今年の論点~(大前研一ビジネスジャーナル特別号)

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2017~2018年の世界・日本の動きを俯瞰し、国と企業の問題・トレンドを大前研一が解説。
トランプ政権はどうなった? BREXITの行く末は? 中国の存在感はこれからどうなる?
これらの世界の動きに対して日本はどうするべきなのか。
2時間の講義で、2018年のビジネスのためのしっかりした知識を身につけることができます。

欧州でポピュリズムと右傾化からの揺り戻しの兆候

マクロン大統領の誕生によってポピュリズムの傾向からだいぶ揺り戻しが見られ、独仏を中心にEUの結束が強まっています。
オランダでは選挙で極右政党の得票が伸びませんでしたし、イタリアの極右勢力「五つ星運動」も腐敗が露呈し人気が急落しています。
英国ではBREXITの行方が不安視されています。しかし、トランプ氏に関しては全く揺り戻しがありません。もはやトランプ氏を支援している人は、彼が何をやろうが女性に何をしようが、もう関係ないという状態です。「あいつは言ってることを全部実現してるじゃないか」と妄信してしまっているような人たちです。

今や米国という国は我々が知っていたかつての米国とは違う国になってしまっています。すなわち、“United States of America”ではなく“Divided States of America”です。このDivided(分断)は、産業構造による分断を意味します。
東海岸では20世紀型のファイナンシャル経済、西海岸のほうは21世紀型のICT経済、北米大陸の中部は19~20世紀の工業化で栄えた古い米国のまま取り残されている、という具合です。とりわけ中西部地域と大西洋岸中部地域の一部はラストベルト(Rust Belt:錆の帯)と呼ばれ、製造業が衰退して使われなくなった工場や機械が数多く残っています。

このエリアに住む人々はトランプ氏の支持層です。経済的に両岸に負け、今では失業率の非常に高い地域となっています。米国のこういうレベルの町、トランプカントリーと呼ばれているようなところに行きますと失業率50パーセントはざらです。
外国に雇用を奪われたわけではありませんが、そういった状況の人たちはトランプ氏に救いを求めているのです。彼らにおいてはトランプ氏の極端な発言もおかしな行動も、「オバマみたいな大統領じゃ頼りない」という理由で容認されてしまうのです。

何一つ成果を挙げられていないトランプ政権1年目 ティラーソンとマティスはトランプの重石になり得るか

そのトランプ氏の大統領就任1年目を総括してみましょう(図-8)。

内政面、人事においては、ほとんどの閣僚が一回任命されては解任されていて、今後どうなるのか全く見えない状態です。
イエーツ司法長官代行、フリン大統領補佐官、バノン大統領首席戦略官……次から次へと役を与えられては辞めさせられていきましたが、今後のトランプ政権で最も重要な人物となるのはマティス国防長官とティラーソン国務長官の2人でしょう。
この2人が昔の米国、ビフォー・トランプの米国を守ろうとしていて、それに対してトランプ氏が全く意に介さず自分の言いたいことを言い、やりたいことをやっているという構図です。
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トランプ氏がエルサレムをイスラエルの首都だと認定し宣言した際、ティラーソン氏は、テルアビブにある米大使館のエルサレムへの移転は2017年中には実現しない、2018年もおそらくないと述べました。

大統領が移転の準備を指示しても、それを実行するのは国務長官の権限です。ティラーソン氏のこの発言によって、件の宣言はトランプ氏の暴走にすぎず米国は実行しないだろうと、国際社会はヒントを得ることができたのです。

イスラム圏で一時燃え上がった反米運動が今いくらか下火になっているのはそういう背景が透けて見えてきたためです。ただ、この事態についてトランプ氏は非常に怒っていますし、以前からティラーソン氏はトランプ氏のことを「moron(まぬけ)」呼ばわりするなど関係は良好とは言えませんので、ティラーソン氏が更迭される日がいよいよやってくるのかもしれません。

かたやもう1人の重要人物、マティス国防長官は軍人らしい軍人で、自分は大統領の命令には従うとしていますが、「状況を把握していない大統領が核のボタンを押せと私に命令した時は、私の判断で押す」とも述べています。

今の国際社会が最も恐れているのは、トランプ氏が人気取りのために暴走し北朝鮮に向けて核ミサイルのボタンを押すことですが、マティス氏はあくまでも自分の軍人としての判断を行う、米国民のインタレストに基づいてちゃんと判断すると発言しているのです。
マティス氏自身の北朝鮮情勢への態度は「圧力よりも対話」で、話し合いができず向こう側がどうしても武力を使うと言った時に自分は判断をする、というものです。トランプ政権においてはこの2人が今はよりどころなのです。

(次回に続く)

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