それ、誰のための地域課題解決?(連載2回目)

【連載2回目】技術はどんどん進化しているのに、暮らしやすくなったり、日々が豊かになったような気があまりしない……。どうしてだろう? 皆さんはそんな風に感じたことはありませんか? この連載では、いろいろな会社や学校などと共に、より「良く生きる」ためのテクノロジーの活用方法を追求している日本アイ・ビー・エム株式会社のとあるチームの取り組みをご紹介させていただきます。

本記事の原稿は、AIやIoTを活用し、さまざまな企業・組織と協働して社会課題の解決につなげる活動をされている、日本アイ・ビー・エム株式会社の八木橋パチさんに寄稿していただきました。
(グーテンブック編集部)

これまでの道のりとAnastasiaが提供するもの

前回第1回では、日本アイ・ビー・エム株式会社Cognitive  Applications(以下、CA)というチームと東京電機大学(TDU)の松井研究室との出会いから、「スマートシティ」としても知られている地域課題への取り組みについて、これまでの足取りを紹介しました。

今回は、この取り組みに対する松井准教授と、私たちCAチームの想いと、その背景についてです。
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これまでの展開をCAと松井研究室の活動を大括りしてまとめてみました。

1 長野県の小谷村(おたりむら)という日本の典型的な中山間地で、AIやIoTという技術を活用して水田の水量をタイムリーに地元農家向けお伝えする実証実験としてスタート

2 水田だけではなく害獣被害の見まもりや、小学校への遠隔教育提供など、実証実験提供対象を農家以外にも拡大

3 実験内容を自動運転やエネルギーマネージメントなどにも拡大し、Anastasia(アナスタシア)という名前で8月より全国の1,724基礎自治体に無償で提供開始することを発表
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無償提供開始が発表されたAnastasiaについては、以下のリリース紹介で詳しく説明されています。

Anastasiaの主なポイント

上記リリースから、いくつかポイントをピックアップしました。

自治体運営を行う全国の1,724基礎自治体を対象に、「データ流通プラットフォーム」と流通データを元に開発されたソリューションを共有・販売する課題解決事例プラットフォーム「Anastasia(アナスタシア)」のベータサービスを、2021年8月より無償で提供開始します。

現在さいたま市横瀬町で実施中の実証実験では、経済産業省と内閣官房が提供するRESASデータを活用した地域分析機能、ソリューションへのフィードバック機能、ユーザーインターフェースを検証し、Anastasiaの有用性を評価する予定です。
横瀬町の他にも、希望する自治体において実証実験を実施していきます。

地域住民の交通手段として自動運転ソリューション導入による公共交通機関網の補完と、自治体が管理する膨大な道路や橋などの社会インフラ保全のDX化(デジタル変革)実現を目指します。

再生可能エネルギーの発電、蓄電や大幅な省エネを実現する装置を、端末/機器のハードから制御/運用するソフトウェア、保守まで含めた一気通貫のワンストップソリューションとして提供し、循環型経済の構築に貢献します。

Anastasiaには、農林水産、交通・モビリティ、環境・エネルギー、防災、まちづくりなど、自治体において施策検討される分野に関連するソリューションが掲載されます。
地域課題の解決プロセスにご関心のある自治体、また基礎自治体に対するソリューション検証・提供にご関心のある民間企業および自治体を広く募集中です。
私たちがAnastasiaを通じて地方自治体に一番提供したいのは、潤沢な資金を持っていない日本の多くの中山間地でも、住民の方がた自身が本当に自分たちにとって必要だと思うサービスを、自分たちで選べるようにすることです。

そのためには、基礎自治体が高額な導入コストを負担せず低コストでDXに着手できる必要があります。
さらに、選んだサービスを地域の実情に合わせて簡単に改良できること、そしてその改良版を他の地区でも活用できる仕組みがあることで、持続可能な地域社会の実現に大きく近づけるのではないかと考えています。

東京電機大学(TDU)松井准教授の想い

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1年ほど前、松井准教授がこの取り組みにかける想いを語るセミナーが開催されました。
そのセミナーの様子を伝える『「地域課題解決をDIYするためのデータ流通プラットフォームの取り組みと展望」レポート』から、一部を抜粋してご紹介します

なぜ中山間地なのか

今、私たちはこのパンデミックで、いかに自分たちの生活が脆弱なものかを実感しています。
そして都心への一極集中はそうした脆弱性を加速してしまうものであり、中山間地の自立化を支援することは、レジリエンスな社会の形成につながるものだと考えております。
(略)
人が都心から地方へ向かうこと自体は良いことだとは思いますが、ただ、限られた人口を各地域で奪いあうという形になってしまっては、むしろ「負けた地域」の課題を大きくし、限界集落化を進めてしまいかねないのではないでしょうか。
そのような見方からも、定住人口だけではなく、複数拠点を持つ暮らし方の一拠点としていただくことや、観光で頻繁に訪れてもらう関係人口や交流人口として関わっていただくこと、あるいはオンライン上でその地域で活動するいわば「デジタル人口」となっていただき、地場産業の維持や新規産業の創出を目指すモデルが必要だと思うのです。
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なぜIoTやAIの活用が必要なのか

超高齢化が進む中山間地では、まず人手が足りていません。都市部であれば人海戦術的な対応が取れることや体力のある若者にお願いしたいようなことでも、中山間地では無理です。

でも、IoTやAIは休憩いらずで24時間365日働けますよね。
「最後まで自分らしく住み慣れた場所で暮らし続けたい」という願いをお持ちの住人たちが、持続可能な村を実現する上で必要な道具がIoTやAIであり、こうした地域でも大いに活用されるべきだと思うのです。
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なぜデータ流通プラットフォームなのか

取り組みで得られたデータも、それぞれ別々のシステムに保管されていて、地区を超えた活用はもちろん、地域内ですらうまく連携できていないというケースも少なくありません。これでは課題解決のスピードは上がりませんし、スケールすることも難しいですよね。

データを保持している自治体の導入システムを、私どもが構想しているデータ流通プラットフォームに連携していただくことで、地域課題解決に取り組むプレイヤーにより効果的効率的に活用していただこうというのが今回の狙いの一つです。
プラットフォームは道具箱のようなものなので、そこに必要な道具が揃っていれば課題解決に集中して取り組むことができ、スピードも質も上げることができるでしょう。

なぜデジタルマーケットプレイスなのか

データ流通プラットフォームを通じて得た知識や学びをさらに発展させ、自らが開発したソリューションやサービスを、デジタルマーケットプレイス上で販売いただけるようにシステム検討を進めています。
こうすることで、課題解決に参加したい、あるいは応援したいという開発者や学生が、持続的にエコシステムに参加できるようになります。そして企業だけではなく、より多くの方に地域に関係するデジタル人口となっていただき、関係性を深めていただけるのではないかと考えています。

なぜDIYなのか

DIYは「Do It Yourself」の略で、自分たちで地域課題を解決しようということです。
なぜなら、解決策やサービスをお金で購入するという方法では、サービス提供会社が手を引いたらそこで解決策も途切れてしまうということが考えられるからです。

サービスを自分たちの手で作れば、当事者意識を持って、より主体的に自分たちのアイデアを活かした解決策を、長期的に使用することができますよね。また仮に、解決策が何らかの理由で途切れてしまっても、ノウハウはその人や地区に残りますし、それが新たな解決のアイデア創出や担い手の育成に役立ちます。

なぜ人材育成なのか

最近はSTEM教育が注目されていますが、単なる学習のための学習ではなく、自分の住んでいる地区に関係するものや、その地区で実際に用いられているものに小学生の頃から触れていくことで、より一層学習内容が身につきやすくなりますよね。
そして早くから地域に根付いたビジネスをスタートすることで、その地域への愛着が深まり、長くその地で暮らすことにもつながっていくのではないでしょうか。
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私たちCAチームの想い

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私たちCAチームも、松井准教授の想いに強く共感しています。
地域課題解決というのは、産学官と個々の市民が一体となって作り上げていくべきものでなければならない。そうでなければ、本当の意味で社会に役立つものにはならないからと考えているからです。

そして解決策を考える上で何よりも重要なのは、課題設定だと思うのです。これまでのスマートシティの取り組みのほとんどが上手くいっていないのは、課題よりも先に、「デジタル技術ありき」や「データ取得のための実験ありき」という、産学官の理屈が先に来ていたせいではないでしょうか?

その地に暮らす人びとやコミュニティが本当に解くべきものとして設定した課題に対し、解決策を考えていく。そこで、効果的に適用できるデジタル技術があれば適用していく。こうした順番で取り組みを進められれば、これまでのようなスマートシティの失敗が繰り返されることはないでしょう。

ゲマインシャフトとゲゼルシャフト

中山間地に暮らす人たちが感じている、主に労働力不足やインフラ劣化などから生じる「不足しているサービス」と、都市部で暮らしている生活者たちが感じている時間不足や空間不足などから生じる「ある種の生き難さ」。 この両者は一見かけ離れたもののように感じるかもしれません。
しかし私たちには、その根底には同じものが流れているように感じられます。

これはいわば現代社会が抱える複雑な問題の通低音のようなもので、うまく言葉にするのは難しいのですが、私たちは19世紀のドイツの社会学者テンニースが提唱した「ゲマインシャフトとゲゼルシャフト」という、社会を表す概念を通じて紐解いていくのが良いのではないかと思っています。
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次回予告

次回は上の「ゲマインシャフトとゲゼルシャフト」を考察し、そこから見えてくる問題に対し、私たちCAチームが取ろうとしている「都市OS」と「インテリジェント・アシスタント」というアプローチについて紹介します。

・理不尽なルール。あなたはどうする?
・グレタさんとタンさんとなおみさん
・ゲマインシャフトとゲゼルシャフト
・ゲゼルシャフトが強過ぎる社会
・「資本主義の限界」と同時に起きていること

それではまた。Happy Collaboration!
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