「人権の適用範囲は今よりもずっと狭かった」。切っても切れない人権と環境と経済。価値創造を進化させ、世代間の橋渡しを(連載5回目)

【連載5回目】技術はどんどん進化しているのに、暮らしやすくなったり、日々が豊かになったような気があまりしない……。どうしてだろう? 皆さんはそんな風に感じたことはありませんか? この連載では、いろいろな会社や学校などと共に、より「良く生きる」ためのテクノロジーの活用方法を追求している日本アイ・ビー・エム株式会社のとあるチームの取り組みをご紹介させていただきます。

本記事の原稿は、AIやIoTを活用し、さまざまな企業・組織と協働して社会課題の解決につなげる活動をされている、日本アイ・ビー・エム株式会社の八木橋パチさんに寄稿していただきました。
(グーテンブック編集部)
前回は、誰もが生きやすい社会を目指す上でポイントとなる「テクノロジーの進化 | かつての不可能が可能に」と、「経済の変化 | 社会関係資本や倫理的消費を重視する新しい経済」について紹介しました。
今回はその続きで、「価値創造の進化(価値を見出す対象と創造方法の進化)」と、「世代間の橋渡し」について一緒に考えてみましょう。

人権の適用範囲が今よりもずっと狭かった時代

今、これを読まれているあなたが、ジェネレーションz(ゼット)やα(アルファ)世代と呼ばれている年代の人だったら、もしかしたらこれから書かれていることに「え、そんな時代があったの?」と驚かれるかもしれません。

以前は、「自分や家族を守り、安心して生活するために一番必要なことは財を得ること」であり、「そのためには周囲の人や物、自然を犠牲にしてしまうのはある程度までは避けられず仕方がないことだ」というのが、(明文化はされてはいませんでしたが)日本社会では一般的な考え方でした。
その考え方に対して納得していない人が社会にはたくさんいましたが、それでも(特に都市部においては)「世の中そういうものだから仕方ない」と多くの人が諦めて、仕事や暮らしをその考え方に合わせて生きていた時代だったのです(今もまだ、その考え方を変えていないという人も少なくないでしょう)。
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これを違う言い方で表現すると、「人権の適用範囲が今よりもずっと狭かった」ということになるでしょう。

遠いどこかの国で飲料水不足や飢饉に苦しむ人びとがいたり、まだ日本だったら小学校に通っている歳の小さな子どもたちが奴隷のように働かされていたりということは、皆さんも以前からテレビなどを通じて目や耳にしていたと思います。
でも、その原因が、私たちの日本での日常生活と直接的につながっていること -- 私たちが毎日食べているおいしいお肉やフルーツを作り輸出するためであったり、ファストファッションの店で格安に買える洋服を作るためであったり – は、よほど意識しない限り知る機会がほとんどありませんでした。
食べ物を輸入し販売する企業やメーカーも、ファッションブランドも、こうした不都合で痛々しい事実は「みんなが知る必要はなく、知りたくないことであろう」として、一般消費者の目からは遠ざけられていたのです。

一般消費者である多くの市民は、自分が暮らす地域の人たちや、日本に暮らす日本人たちの人権を守り保護しようとはしても、アフリカやアジアの貧困国に暮らす人びとや、海外から日本に出稼ぎに来ている人たちの人権にまでは、「本気で」気を回すことはありませんでした。
意識的にか無意識的にか、同情はすれど「産まれついた場所の問題だから仕方がない」ことであり、「自分たちにできることはない」と受け入れていたのです。

倫理は理想に過ぎず、現実の前では仕方がない?

環境保護も同様です。
もちろん自然は大切にした方がいいけれど、それは法的に認められる範囲で公害などで訴えられないレベルであれば問題はなく、「文化的な生活のためには自然に犠牲になってもらうのも仕方がない」という考え方が一般的であり、常識とされていました。
人権も環境も、以前は「倫理は理想に過ぎず、現実の前では仕方がないこと」と切り捨てられてきたのです。
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…ところで、ここまで「以前は」だったり「そんな時代」と書いてきましたが、どれくらい前の話だったと思いますか? 人によって感じ方に違いはあるものですが、私は、こうした時代の流れがはっきりと変わったのは、2015年頃からではないかと思っています。
2015年9月、国連で「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択され、SDGs(Sustainable Development Goals: 持続可能な開発目標)として広く世界に発信され、多くの人に知られるようになりました。そこから、人びとの人権と環境への意識が「仕方がない」から離れてきたように思えるのです。

おそらくは「誰ひとり取り残さない(No one will be left behind)」というSDGsのスローガンの力強さが大きな理由ではないでしょうか?

切っても切れない人権保護と環境保護と経済活動

SDGsはその前身であるMDGs(Millennium Development Goals: ミレニアム開発目標)が「国に向けての要請」という色が強かったのに対し、より強く「企業への行動要請」という色を持っています。それは、人権保護と環境保護と経済活動が、密接に分かち難く結びついているからです。

例えば、地球温暖化が続いて海の水位が上がると、人間が暮らして経済活動が行える場所は減ります。そうなってしまうと難民が増えますよね。農業が行える土地も減り、農作物の収穫量が減れば食べものの値段が上がります。そうして経済格差がますます健康格差や命の格差に直結していきます。
このように、人権保護と環境保護は切っても切り離せない関係にあり、地球温暖化の最大の原因である温室効果ガスの増加も、企業の経済活動とは切っても切り離せない関係にあるのです
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こうして、世界中の人びとは、どれだけ自分と自分の家族、あるいは自分が暮らす地域だけを「財を得ること」によって守ろうとしても、それが「周囲の人や自然の犠牲」に上に成り立っている限りは、守り得ないということを思い知らされました。
一見遠回りのようにも感じる「周囲の自然環境や世界の人びとを守ること」が、自分の家族や自分の暮らす地域を守るために必要だったのです。

価値創造の進化とは | 価値を見出す対象と創造方法の進化

企業は、人びとが価値を見出すことを助け、その価値を入手しやすいように提供することで収益を得て、維持・成長します。
そして以前とは異なり、私たちの多くがその価値を「周囲の自然環境や世界の人びとを守ること」に見出すようになりました。それが地球を守り、自分たちを守ることと直結しているからです。
それでは、企業はどのようにその価値を人びとに提供していけば良いのでしょうか?

私たちは以前、財を得ることで洗濯機、テレビ、冷蔵庫、自家用車などのモノを購入して、「暮らしやすさ」の実現につなげていました。20世紀が過ぎ、21世紀に入ってからもしばらくは、もっと多くのモノをもっと贅沢に浪費することが、豊かさの象徴のように考えられていました。

しかし今は、生活必需品の多くはすでに揃っており、暮らしやすさに本当に役立つモノもそう多くはないことを、私たちは知っています。
暮らしやすさや豊かさを感じさせてくれるのは、多くの場合サービスであったり体験であったりという「モノではない何か」へと変化しました。企業による価値創造と価値提供も、モノづくりからコトづくり – より良いサービスやより良い体験を追求するように変化したのです。

こうした流れから、今では多くの企業が、デザイン/アート思考やハッカソン/アイデアソンなどに代表される「Garage」と呼ばれる価値創造手法に取り組んでいます。

世代間の橋渡し

誰もが生きやすい社会を実現する最後のポイントは、異なる世代が同じ目的意識でつながり、その達成のために協力し合うこと。つまり「世代間の橋渡し」です。

なぜなら、「誰もが生きやすい社会の実現」という壮大な取り組みは特定の世代だけでやり切れるものではなく、年長者たちのこれからの社会の中心となる若い世代の支援が欠かせないから。
そしてどれほどすばらしい志に基づく取り組みであろうと、成功の可能性を高め実現スピードを早めるには、その取り組みをできるだけたくさんの人びとに知ってもらい、共感してもらうことが欠かせないからです。
Photo by Shane Rounce on Unsplash (6495)

こちらは前回も紹介した『都市OS : 世界の未来と新しいジャスティス(公正さ)』という記事ですが、改めて世代間の橋渡しに関する部分を紹介させてください。
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この寄稿のタイトルを「新しいジャスティス(公正さ)」としたのは、この21世紀が、ジャスティス(Justice)が広くまかり通る時代になって欲しいという願いを込めたものです。
ジャスティスは「正義」と訳されることの多い英単語ですが、その語源は「ちょうどよい」を意味するjustであり、かたよりがなく釣り合っている状態を示します。現代の私たちにとっては、正義よりも公正とした方が、その真意を理解しやすいのではないでしょうか。

この寄稿をお読みいただいている多くの方は、私と同じ昭和という時代に生まれた方たちかと思います。私には中学生の娘がいますが、私が思うに、自分たちが学校教育を受けていた頃と現在の教育の大きな違いは、以下の2点を強く踏まえている点にあるのではないかと考えています。

・ 自分たちの活動の舞台である「地球」は、それぞれの地域のつながりによりできていること。地球すなわち地域が健康な状態であることが、自分たちの健康な暮らしの基盤であること
・ 今の私たちの活動や暮らしが、自分たちの次の世代やそれに続く将来の世代の基盤となること。未来の繁栄を先取りして負の遺産を残してはいけないこと。

この2つはどちらも「新しいジャスティス(公正さ)」の対象が、地域から地球全体へ、現在から未来までへと広がっていることを示しています。
新しいジャスティスをエネルギーや環境、交通、医療や介護、防犯・防災、金融、教育というあらゆる生活の場面へと確実に広げていくために、私たち世代にできることは何でしょうか。
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この記事をご覧いただいている皆さんがどの世代に属していても、「誰もが生きやすい社会を実現したい」という気持ちには変わりはないはずです。
…もしかしたら、今でも「とは言え、実際には誰かを犠牲にしなければ無理なんじゃないか……?」と思われている方もいるかもしれません。
でも、世の中には「無理ではない」「仕方なくなんてない」と考え、そのための方法を探し実践を続けている人もたくさんいます。
まずは、そうした人たちとつながり、お互いの考えの違いについて話をしてみませんか?

もしもつながる機会が必要なら、私がサポートしますのでご連絡ください。
twitter:https://twitter.com/dubbedpachi

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