かつての不可能を可能にするテクノロジーの進化と新しい資本主義(社会関係資本と倫理的消費)(連載4回目)

【連載4回目】技術はどんどん進化しているのに、暮らしやすくなったり、日々が豊かになったような気があまりしない……。どうしてだろう? 皆さんはそんな風に感じたことはありませんか? この連載では、いろいろな会社や学校などと共に、より「良く生きる」ためのテクノロジーの活用方法を追求している日本アイ・ビー・エム株式会社のとあるチームの取り組みをご紹介させていただきます。

本記事の原稿は、AIやIoTを活用し、さまざまな企業・組織と協働して社会課題の解決につなげる活動をされている、日本アイ・ビー・エム株式会社の八木橋パチさんに寄稿していただきました。
(グーテンブック編集部)
前回は、ルールを変更しようと行動を呼びかける3人のリーダー、グレタ・トゥーンベリさん、オードリー・タンさん、大坂なおみさんの共通項について紹介しました。
そして、共同体を中心としたゲマインシャフトと機能体を中心としたゲゼルシャフトを再び共存共栄させることで、「行き過ぎた資本主義」から「誰もが生きやすい社会」を目指そう、ということを書きました。

今回は、その実現のポイントとなる以下の3つについて見ていきます。

1. テクノロジーの進化(かつての不可能が可能に)
2. 経済の変化(社会関係資本や倫理的消費を重視する新しい経済)
3. 価値創造の進化(価値を見出す対象と創造方法の進化)

そして追加でもう1つ、この3つをつなげる「世代間の橋渡し」について取り上げます。

かつての不可能が可能に | テクノロジーの進化

テクノロジーが社会を進化させているのは間違いありません。
例えば、知らない場所に行っても、スマートフォンとGoogleマップがあれば、道に迷って途方に暮れることはまずありません(バッテリー残量と電波の入り具合には要注意ですが!)。
そして家では、エアコンの調節や好きな音楽の再生など、声に出してお願いすればスマートスピーカーが間髪入れずに対応してくれます。
他にも、高齢者の日常の動作から認知症の前兆を早期発見したり、自動運転バスで住民の移動手段を確保したりなど、さまざまな取り組みが進んでいます。
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これらを実現しているテクノロジーは、数年前までは「作業時間を10時間から5時間へと短くする」など、そのメリットが「効率化」で語られていました。それが今では、「世界中の誰とでも実質無料で顔を見ながら会話できる」という、効率化とは異なる「不可能を可能とする」という別次元の価値を日常にもたらしています。

学生の皆さんはびっくりするのではないでしょうか? 誰もが知っている(そしておそらく一度はお世話になったことがある)インターネット上の無料百科事典「ウィキペディア」の歴史を知ったら。
Wikipediaが初めて公開されたのって、21世紀に入ってからなんですよ。
それまでは、「詳しく調べる」という作業を行うには、インターネットではなく紙の辞典や図書館などが欠かせないものだったのです。たくさんの辞典を買い揃えられる大金持ちを除いては、調べ物は図書館まで行かなければできなかったし、閉館時間を過ぎてしまったら翌日まではもう諦める以外になかったのです……。

気をつけなければ「不都合な真実」も | テクノロジーの進化

こうしたテクノロジーの進化に伴い、ここ数年大変よく目や耳にするようになったのが、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、DX(デジタル・トランスフォーメーション)、ブロックチェーンなどの言葉です。
「アルファベットとカタカナばかり。なんのことだかよく分からない……」とか「なんだか胡散臭い…」と思われる方も少なくないのかもしれませんね。実際、日常生活においては、こうした言葉の意味や、それが指しているものを分かっていないと困るという場面はさほどありません。
「メリットが享受できればそれで構わない」と考える人がたくさんいても、不思議なことではありません。

でも、私は、ある程度これらの言葉が意味するところは掴んでおいた方が良いのではないかと思っています。
なぜなら、便利さやお得さに私たちはついつい飛びついてしまいがちですが、実際には、それと引き換えになんらかのリスクを引き受けていたり、あるいは想像していなかった別の問題を引き起こしてしまっていたりすることがあるからです

例えば、インターネット上で無料で使えるサービスの多くは、それと引き換えにあなたの使用履歴や登録情報を受け取り、それを自分たちの商売道具として利用しています。
他にも、CO2を排出しない電気自動車の多くが、バッテリーに必要なニッケルやコバルトという金属の入手に児童労働を増加させてしまっていることや、ビットコインなどの暗号通貨が膨大な電力を消費していることなどは、あまり知られていません。
こうした話は目に入りづらく、意識して知ろうとしなければ、「より暮らしにくい世界」を作ってしまう片棒を、知らず知らずに担いでしまうことがあるのです。
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経済の変化 | 社会関係資本や倫理的消費を重視する新しい経済

「社会関係資本」とは、社会や地域コミュニティを支える「人間関係」や「信頼のネットワーク」などを指す言葉で、前回取り上げた「ゲマインシャフトとゲゼルシャフト」のゲマインシャフトを成り立たせているものです。
多くの場合、「資本」という言葉が指すのが貨幣や土地という、目に見えるものだったり手に取ったりすることができるものなのとは対照的で、直接見たり触ったりはできません。

「倫理的消費」は、もしかしたらエシカル消費や道徳消費といった呼ばれ方の方が馴染みがあるという人もいるかもしれません。簡単に説明すると、「より多くの人が暮らしやすい世界へ近づくお金の使い方(商品やサービスの選択と消費)」を意味します。

経済の根幹は「お金の稼ぎ方と使い方」であり、そのやりとりが「お金の循環」を成立させています。
現在の「資本主義」が貨幣や土地という目に見える資本を中心に「行き過ぎた資本主義」となってしまっていることを考えれば、それに歯止めをかけ、さまざまな物事がもっとちょうどよく釣り合う「公正な資本主義」へと変化させるには、目には見えない社会関係資本をもっと大切にすることが必要ではないでしょうか?
つまり、資本主義の「資本」の中に、人や地域のつながりを大胆に取り入れ、信頼のネットワークをより強固で持続的なものへと成長させていく倫理的消費が必要だと思うのです。

ここで、私パチの所属しているIBM Cognitive Applications事業のリーダー村澤さんの寄稿文『都市OS : 世界の未来と新しいジャスティス(公正さ)』からその一部を紹介させてください。
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今後5~10年の間に、いわゆるデジタルネイティブなミレニアル世代とソーシャルネイティブなZ世代、さらにそれに続く「α(アルファ)世代」が消費の中心になります。しかし現在は、彼らに向けた商品やサービスを提供する企業側の意思決定者は、まだミレニアルズより前の世代が中心のままです(ちなみに労働者市場においては、少子高齢化が進む日本においても2025年にはその半数以上がミレニアル世代以降となります。(世界の労働人口では75%に達するといわれています)。

消費におけるミレニアル世代以降の指向が端的に表れているのが、エシカル消費やつながり消費です。この背景には、専門情報がデジタルツールによりユビキタス化されたことにより、生産者(企業)と消費者(市民)の情報非対称性(格差)が解消したことがあると言われています。
思考の中心に持続可能性とウェルビーイングがしっかりとインストールされているミレニアル世代以降の若者たちにとって、消費はそのサービスや商品を提供する企業や組織の支援を意味するものとなっているのです(なお、消費の本来の意味は、物やサービスの価値を享受することであり、無駄な「浪費」とは異なります)。

(中略)

改めて「エシカル消費」の定義を確認してみると、消費者庁は「地域の活性化や雇用なども含む、人や社会・環境に配慮した消費行動」とそれを定義し、消費者それぞれが各自にとっての社会的課題の解決を考慮し、そうした課題に取り組む事業者を応援しながら消費活動を行うことを推進しています。そしてこうした活動が、SDGsのゴール12「つくる責任 つかう責任(持続可能な生産消費形態を確保する)」の達成を目指すものだと明記しています。

この寄稿のタイトルを「新しいジャスティス(公正さ)」としたのは、この21世紀が、ジャスティス(Justice)が広くまかり通る時代になって欲しいという願いを込めたものです。
ジャスティスは「正義」と訳されることの多い英単語ですが、その語源は「ちょうどよい」を意味するjustであり、かたよりがなく釣り合っている状態を示します。現代の私たちにとっては、正義よりも公正とした方が、その真意を理解しやすいのではないでしょうか。
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すっかり熱くなって書いていたら、気づけばもうすでにかなりの長さになっていました。
続きの「3. 価値創造の進化(価値を見出す対象と創造方法の進化)」と、もう1つの「世代間の橋渡し」については、また次回とさせていただきますね。

それではまた。Happy Collaboration!
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