“子供より先に死ねない親たち”の思い

【連載第4回】IoT/AIによる「障害者のソーシャル・インクルージョンの実現」を目的に設立された「スマート・インクルージョン研究会」代表の竹村和浩氏による連載第4回。今回は、知的障害者を取り囲む様々な問題について語っていただきました。

記事のポイント

●障害を持つ子の親の“共通の願い”とは?
●ダウン症の子が持つ“感受性”
●パニックになった、ある出来事
●通学の途中、娘が行方不明に!
●娘一人での遠距離通学で知った社会の問題
●“表面的に分かりづらい”知的障害

前回までの記事はコチラ

第1回】障害があってもなくても誰もが同じ地平で生きていく―インクルーシヴ社会を理解する
http://biblion.jp/articles/DQ7lr

【第2回】分離からインクルージョンへ! 障害のある子もない子も同じ場で学ぶ教育とは?
http://biblion.jp/articles/tJ5k2

【第3回】障害を持って生まれた娘が教えてくれた、インクルージョンの大切さ
http://biblion.jp/articles/PFWEl

障害を持つ子の親の“共通の願い”とは?

障害を持つ子の親には共通する「願い」があると言われています。
それは、「子供より1日でも長生きして死にたい」という願いです。つまり、子供を看取ってから安心して一生を終えたい、という切なる願いです。私も、ダウン症という障害を持って生まれた娘を授かった瞬間に、そのことが頭をよぎりました。ここに、障害の抱える本質的な問題、社会と障害者に関わる深刻な問題があります。「障害」は「病気」と違って「治らない」状態が一生続きます。無論、その子なりの成長はありますが、ダウン症自体がなくなるわけではありません。

そうした思いを改めて認識した、ある事件があります。
2014年の私の誕生日の朝、衝撃的なニュースが目に飛び込んできました。「北海道のマンションの一室で、姉妹2人の遺体が発見された」というニュースです。姉は脳内血腫で死亡しており、妹はおそらく餓死したと思われると。

記事によれば、彼女たちは二人暮らしの40代。姉は失業して福祉課に相談していたが、ある日、部屋で倒れ死亡。その後、重度の知的障害のある妹さんはそのまま部屋を出ることもなく餓死したというものでした。しかも、妹さんの携帯電話には、何度か救急車を呼ぼうとしたらしい記録が残っていたそうです。

彼女たちの両親はすでに他界していて、頼れる人がいなかったのです。
我が家の娘たちも2人姉妹ということもあって、まったく他人事とは思えませんでした。何としても、親亡き後、娘が安心安全に暮らしていける社会にしなければ、安心して死ねない、そう痛感した出来事でした。

ダウン症の子が持つ“感受性”

私は以前、ダウン症という言葉自体がネガティブな印象を与えると感じていました。しかし今では、ダウン症が持つ“特徴”を知り、ダウン症にはダウン症の素晴らしさがあると感じています。例えば、その感受性です。

金澤翔子さん、というプロの書家がいらっしゃいます。彼女はおそらく最も有名なダウン症を持つ女性として、国内だけでなく世界でも知られています。彼女のお母さまは講演会などで、「娘は計算も十分にはできません。でも、彼女は誰にも書けない書を書くことができます」とおっしゃっています。
この「誰にもない感性」は、私も日々娘と接していて感じることです。

例えば、娘とソファで一緒にテレビを観ているとき、ふと私が仕事での腹立たしいことを思い浮かべるとします。すると横に座っている娘は、私がまだ何も言わないのに、また表情にすら表していないにもかかわらず、私がそう思った瞬間に、「パパ大嫌い!」と私を見て言うのです。

また、ある時などは、夫婦喧嘩をしている私たちに向かって「家族だから笑顔!」と言い、「パパ、ごめんなさいは?」と、夫婦喧嘩の裁定すらしてくれます。しかも彼女の裁定はまずもって正しいのです(笑)。ちなみに、ダウン症の子供はとりわけ平和主義です。

計算や読み書きすら難しい知的な遅れを持ってはいますが、その心のやさしさや、人を思いやる心、いつもみんなが仲良くすることに一生懸命になってくれる健気な心を見ていると、日々の辛いことも忘れさせてくれます。私たち家族にとっては、娘の存在が、まさに「絆」そのものです。

スマート・インクルージョンという発想 IoT/AI×障害者が日本の未来を創る!

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IoT/AIの活用による、障害のある人もない人も、誰もが安心・安全に暮らせる心豊かな社会の実現と、障害者の視点からのIoT/AIの開発を目指して活動している「スマート・インクルージョン研究会」代表の著者による、スマート・インクルージョンという考え方の提唱と、同研究会のビジョン・取り組みを紹介する一冊。

パニックになった、ある出来事

では、よいことばかりかというと無論そうではありません。
最初に述べたように、障害を持った子を育て、共に暮すことには、それなりの大変さがあります。それは、その子がいつもそばにいないと不安になるということです。

以前、ショッピングモールに娘と2人で食事に出かけた際の出来事です。私が洋服屋さんに入って服を見ようとして、娘に「店の入り口で待っていなさい」と伝えていたのですが、ほんの少し目を離した間に姿が見えなくなってしまったのです。

その瞬間、私はパニックになりました。
周囲を見渡しても、どこにも姿が見当たりません。もう、なりふり構わず大声でショッピングモール内を娘の名前を呼んで探し回りました。「もしや誰かにさらわれたのでは?」「何で一瞬でも目を離したんだろう、もし娘に万が一のことがあったら……」と後悔の念で胸がいっぱいになりました。

その後5分ほどして、娘は何事もなかったかのように、ふらりとお店に戻ってきました。「どこにいっていたの?」と息せき切って問い詰めると、ショッピングモール店内の天井にある防犯カメラをたどって、持っていたiPadで写真を撮って歩いていた、とのこと。彼女はそのころ刑事ドラマにはまっていて、防犯カメラにとても興味を持っていたのです。いつもは携帯電話を持たせていたのですが、その日はたまたま持たせていなかったため、肝を冷す事態になってしまいました。

このように、知的障害を持つ人の場合、一番トラブルのもとになるのが、その判断力です。
通常「この場合にはこう行動する」という私たちの判断とは異なる判断を下すことが、知的障害者と接する時の難しさです。思わぬ判断をして、思わぬ行動をとる。そうした知的障害者の行動は予測することが非常に難しく、しばしば周りの人々を混乱させます。

通学の途中、娘が行方不明に!

別の日には、こういうこともありました。
小学校の通常級に通い始めたとき、学校から通学の際には親が付き添うように言われ、毎朝一緒に登校していました。歩いて10分もかからない通学だったので、娘はすぐに道を覚えてしまいました。そこで「もう大丈夫だろう」と、ある朝、一人で学校に行かせました。
すると始業時間が過ぎたころ、学校から電話がかかってきたのです。「○○ちゃんが、まだ登校していません」と。
でもその後、運よくお巡りさんが娘を見つけてくれ、学校に送り届けてくれて事なきを得ました。その日は雨の予報だったので、娘に傘を持たせていたのですが、その傘で地面をつつきながら通学路を歩くうち、傘の先がマンホールのふたの穴に刺さってしまい、傘が抜けず、そのまま立ち往生していたらしいのです。

またある雨の朝、やはり私と同じように知的障害を持つ娘さんを一人で送り出した親御さんに学校から「まだ登校していない」と電話があったそうです。親御さんが慌てて通学路をたどると、なぜか道端のアジサイの花に傘をかざしたまま、雨の降る中ぽつんと立っていたというのです。「何してるの?」と聞くと、彼女は「アジサイが雨に濡れてかわいそうだったから、傘をさしてあげてたの」と答えたそうです。
こうしたことが、しばしば起きるたび、私たち親の頭には「やはりこの子を一人にはできない。まして、親亡き後、この子はいったいどうなってしまうのか?」という不安がよぎるのです。

娘一人での遠距離通学で知った社会の問題

今年、娘は高校生になりました。今、東京から、長野県の特別支援学校に通っています。諸事情により、この春から予定外の遠距離通学を始めることになったのです。
毎週、月曜日の朝、一人で東京駅から降車駅まで新幹線で通学し、学校にある寄宿舎で週を過ごした後、金曜日の夕方、また一人で新幹線に乗って帰ってきます。これは、親にとっても娘にとっても、大きなチャレンジでした。

入学式の朝は、さすがに私も一緒について行きましたが、これからは一人で新幹線に乗って通学しなければならず、どうしたものかと思案しました。そこで、まずはJR東京駅にお願いして、改札から新幹線の席までの誘導を依頼し、さらには、長野の到着駅での下車のお手伝い、また、駅から学校までの移動支援をお願いすることにしました。

ここで気がついたのは、東京駅のホームページを見ても、「目が不自由な方」「耳が不自由な方」「車いすの方」という記述はあるのですが、「知的障害がある方」という記述はどこにもないということです。また、知的障害者用の対応窓口も明確ではなく、駅の改札で聞いても、一般の問い合わせ電話番号を教えてくれるだけ。さらにその番号に電話すると別の番号を案内されます。そこに電話をすると、「その件はこちらへ」と言われ、最初の電話番号を案内されてしまいました。

また、娘が一人で新幹線に乗る最初の日、「2日前までに連絡してください」と言われて駅に連絡を入れていましたが、改札の駅員さんは「聞いていません」という対応で、かなり戸惑いました。さらに改札で誘導をお願いすると、「耳が不自由ですか?」「目が不自由ですか?」と問われ、しばらくは毎回「いえ、知的遅れがあります」と説明しなければなりませんでした。

その後、サービス改善窓口の方の働きかけもあり、問題はすべて解決。今、娘は安心して新幹線通学できるようになりましたが、このように、通学などの移動一つをとっても、知的遅れがあることでの不便さというものが、いつも付きまとうことになるのです。
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グーテンブック編集部 グーテンブック編集部