2020年東京オリパラの理念に「インクルージョン」という言葉を掲げよう!

【連載第11回】IoT/AIによる「障害者のソーシャル・インクルージョンの実現」を目的に設立された「スマート・インクルージョン研究会」代表の竹村和浩氏による連載第11回。今回は、東京都が掲げる2020年の東京オリンピック・パラリンピックの「理念」に対して、問題提起とともに新たな提案を続ける同研究会の考えかたについて、詳しく語っていただきました。

記事のポイント

●「インクルージョン」は、そもそも分かりづらい言葉
●障害者と社会の関係を表す最新用語「インクルージョン」
●東京オリパラで「インクルージョン」という言葉を使う必要性
●なぜ東京都は「インクルージョン」を使わないのか?
●「インクルージョン」を使用すべき2つの理由
●「インクルーシブ・スマート技術」を世界に!

前回までの記事はコチラ

【第1回】障害があってもなくても誰もが同じ地平で生きていく―インクルーシヴ社会を理解する
http://biblion.jp/articles/DQ7lr

【第2回】分離からインクルージョンへ! 障害のある子もない子も同じ場で学ぶ教育とは?
http://biblion.jp/articles/tJ5k2

【第3回】障害を持って生まれた娘が教えてくれた、インクルージョンの大切さ
http://biblion.jp/articles/PFWEl

【第4回】“子供より先に死ねない親たち”の思い
http://biblion.jp/articles/H9trE

【第5回】2020年東京オリパラが「AI/IoT×障害=?」の答えとなる理由
http://biblion.jp/articles/26RZn

【第6回】障害×AI/IoT=イノベーション 「障害者」の視点が、日本のスマート技術を飛躍させる!
http://biblion.jp/articles/MRWxP

【第7回】AI(人工知能)は、障害者支援の夢を見るか?
http://biblion.jp/articles/vqy2n

【第8回】日本はスーパーコンピューターで世界トップの座につけるのか?
http://biblion.jp/articles/oJEiE

【第9回】相模原・障害者施設の殺傷事件に思う。私たちはどちらの未来を選択するのか?
https://biblion.jp/articles/yZbUB

【第10回】2020年東京オリパラ選手村を、スマート・シティーのショールームに!
https://biblion.jp/articles/CKa5R

「インクルージョン」は、そもそも分かりづらい言葉

さて、前回のコラムで書いた「2020年東京オリパラ選手村を、スマート・シティーのショールームに!」という記事に対して、多くの読者の方から「ぜひ実現してほしい」という応援の言葉を頂くと同時に、「カタカナとIT用語が多く、分かりづらかった」という複数のご感想、ご意見も頂きました。

そこで今回は、今一度「インクルージョンとは何か?」、また、その視点からの「2020年東京オリパラ選手村のスマート化」意味について、もう少し詳しく説明したいと思います。

インクルージョン、あるいはソーシャル・インクルージョンとは、日本語に訳せば「包摂」(ほうせつ)、または「社会的包摂」となります。ただし、この日本語の訳語については賛否両論あり、これ自体も分かりにくい、という批判があることは確かです。

障害を持つ人たちと社会との関係は、これまで様々な言葉で表現されてきました。彼らはかつて障害者施設に収容され、社会から隔離・分離されていることが多く、その状態を英語では「separation」と呼んでいました。さらには、そこに差別される状況・意味を含んだ「discrimination」あるいは「segregation」という言葉が使われるようになりました。
ちなみにdiscrimination は米国での黒人への差別、segregationは南アでの黒人への差別を示す言葉としても使われ、それがのちに、障害を持つ人たちへの差別を表す言葉として使われるようになりました。

残念ながら、こういった人権や差別、障害者福祉に関わる用語は、どうしても海外の事例・実践が先行していて、使われる用語も、そのまま輸入された「カタカナ」が多くなってしまいます。早く日本からの実践が世界をリードするようになり、トヨタの「kaizen」(改善)のように英語化して世界に普及してもらいたいものです。

障害者と社会の関係を表す最新用語「インクルージョン」

戦後、障害者を社会の中に“含む”ことが大切であるという考えが進み、当コラム第1回でも説明したように、デンマークで始まった「normalization」(ノーマライゼーション)や、「universal design」(ユニバーサル・デザイン)などの用語が生まれてきます。

さらに、特に教育の分野で「統合教育」という考え方が広まり、そこから「integration」(統合)や、それをさらに進めた、「inclusion」(インクルージョン)という考え方が生まれてきました。

こうした流れを経て、今、障害者と社会との関係を表す言葉、特に、よい意味で障害者を“含んだ”“包含する”という考えを表す最新の言葉は、インクルージョン(包摂)inclusionとなっているのです。

ここまで読んだ方の中には、「まだ分かりづらい」と思われる人もいらっしゃるかもしれませんね。そこで、英語の授業のようですが、ここまでに出てきた用語を以下にもう一度整理しておきます。

separation;セパレーション(隔離・分離)
discrimination:ディスクリミネーション(隔離・分離+差別)
segregation:セグリゲーション(隔離・分離+差別)
normalization;ノーマライゼーション(全ての障害者が普通の生活ができるように、という考え方)
barrier free:バリアフリー(主として、身体の障害を持つ人の物理的障害を除く設計思想)
universal design:ユニバーサル・デザイン(全ての人が使いやすいデザイン)
integration:インテグレーション(統合)
inclusion(包摂)

少しは各用語の意味、考え方が整理できたでしょうか。

東京オリパラで「インクルージョン」という言葉を使う必要性

今後目指すべき障害者と社会の在り方としては、おそらく、この「インクルージョン」(包摂)という考え方が最終的な形であろうと筆者は推察します。
「インクルージョン」という言葉の意味は、もともと英語では「ダイヤモンドに含まれる様々な不純物、含まれている構成物」の意味で使われ、ダイヤモンドの質を決める際の用語として使われていました。

私は、現在使われているインクルージョンという言葉の意味・理念は、このインクルージョンの原義(元々の意味)である“ダイヤモンドの含有物”そのものだと思います。なぜなら、障害を持つ人たちは、その社会を構成する人として既に“含まれている”状態であり、彼らがそのダイヤの質(=社会の質)を決める存在であるからです。

おそらくは、インクルージョンという言葉に、これ以上の定義付けは必要ないと思われます。近い将来、あえて障害者と社会的な関係を示す言葉は必要がなくなる時代、つまり差別がないのが当たり前の社会になっているべきだからです(早くそうなってほしいものです)。
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なぜ東京都は「インクルージョン」を使わないのか?

現在、2020年東京オリパラの理念について、東京都はこの「インクルージョン」という言葉を使っていません。
これまでも私たちは都に対して、再三、パブリックコメントも含め、各方面から、障害者と社会の関係を示すこの「インクルージョン(包摂)」という言葉を使うよう強く要請してきました。
しかし残念ながら、東京オリパラの理念が書かれたパンフにも「共生社会」という言葉が使われ、どこにも、最新の用語である「インクルージョン」という言葉あるいは、その訳語である「包摂」という言葉は使用されていないのが実態です。

東京都の言い分としては、「『インクルージョン』という言葉は馴染みがない、分かりにくい。むしろ、『共生社会』や『多様性』あるいは、『ユニバーサル・デザイン』という言葉を使っているので、それで充分代用できている」というものです。

しかしながら、これから4年後に開催される東京オリパラにおいては、既に実行されているのが当たり前の「ユニバーサル・デザイン」という言葉ではなく、世界的に教育分野の潮流であり、最新の言葉である「インクルージョン」を使うべきであると考えます。

「インクルージョン」を使用すべき2つの理由

東京オリパラにおいて「インクルージョン」を使うべき理由は、大きく2つあります。

1つ目は、「インクルージョン」と言う言葉が都民・国民に「馴染みがない」からです。だからこそ、使うべきなのです。もし東京都・国が「インクルージョン」という言葉を、敢えて東京オリパラの理念の一つとして高く掲げるならば、多くの日本人が「この言葉は何だ?」と疑問に思うでしょう。そして、疑問に思い、分かりにくければ、にくいほど、テレビや新聞など、多くのメディアがその解説を始めるはずです。

そうすることにより、今は障害に関係した人にしか馴染みのない、この「インクルージョン」という言葉が一気に日本全体に広がり、2020年の東京オリパラを契機として、自然と「障害のある人たちの社会への包含、包摂」という考え方が定着することにつながるはずなのです。

2つ目の理由は、東京オリパラという行事が、世界中の国の人たちが参加し、開催期間中、世界中の人たちが注目する文字通り「国際的なイベント」であることです。その際、とりわけその理念というものが海外では大きく注目され重要視されます。日本では、理念よりも、全員参加や、調和という雰囲気が重んじられますが、海外、特に欧米先進諸国では、会運営の「理念」をとても重視します。

その時、「ユニバーサル・デザイン」や、英語に訳しても海外の人に理解してもらうことが難しい「共生社会」ではなく、今、世界が目指している、「インクルージョン」あるいは、「インクルーシブ社会」という言葉を使うべきなのです。
そうすることで、日本がパラリンピックという障害者の社会参加の活動の一つであるスポーツイベントを、世界とも歩調を合わせ、さらにはスマート技術(ITで便利にする技術)により推進していることを、国内外に広く知らせることができるのです。
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グーテンブック編集部 グーテンブック編集部