大前研一「白雪姫とは握手しない。位置情報で実現する行動分析」

【連載第6回】スマートフォン、SNSの普及に加え、測位技術の発展、さらにはドローンなどの新技術出現によって「位置情報ビジネス」が飛躍的に進化している。そう、世界は今「位置情報3.0」時代に突入しているのだ。 本連載では位置情報を活用したビジネスを取り囲む様々なテクノロジーの現状を大前研一氏が解説します。

本連載では大前研一さんの新著『大前研一ビジネスジャーナルNo.10』より、「位置情報」テクノロジーを活用した新しいビジネスモデルの実例をご紹介しています。連載第6回は、位置情報を利用した「行動分析」について、です。

【記事のPOINT】
●野球場でも”位置”を使ったアプリが活躍
●「白雪姫とは握手しない」を行動分析
●位置情報でサービスが多様化する旅行・観光業界
●加速する訪日外国人の行動分析

大前研一ビジネスジャーナル No.10(M&Aの成功条件/位置情報3.0時代のビジネスモデル)

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■位置情報3.0特集完全版も収録
経営者だけが参加する大前研一主宰経営セミナーを書籍化。本連載の「位置情報ビジネス」に加えて「M&Aの成功条件」を大特集。

野球場でも”位置”を使ったアプリが活躍

野球観戦の場でも、さまざまに位置情報が駆使されています。

米国のメジャーリーグベースボールは、「MLB.com Ballpark」というアプリを開発し、メジャーリーグ観戦に関する多様なサービスを提供しています(図-20)。

まず、スタジアムにアプリ利用者が近づくと、そのスタジアムで当日行われる試合情報をポップアップ表示。ゲートまで来ると入場用のバーコードをディスプレイに表示し、座席の場所を提示してくれます。

アプリはポイントカードも兼ねているので、その使用頻度=“ファン度合い” によってディスカウントなどのメリットもあります。
スタジアム内の売店やレストランに近づくとクーポンがプッシュ送信され、そのクーポンを使用する際には「このお客さんはシーズンチケットのお客さん」など、どのような客かを店側が把握できます。もちろんスタジアム内のトイレやゲートなどの地図機能も備えています。
野球場で提供されるサービス

野球場で提供されるサービス

一方、日本のスタジアムでは、京セラドーム大阪、楽天Koboスタジアム宮城で非常にユニークなアプリを採用しています。

野球観戦の時にビールを飲むのを楽しみにしていらっしゃる人も多いでしょう。
「野球場NAVI」というアプリは、そんな人がスタジアムで自分の好きなビールの売り子さんを呼ぶことができるものです(図-21)。

仕組みとしては、座席に取り付けたビーコンとスマホの両機能を応用しており、キリン、アサヒ、サントリーなど、好みのビールメーカーを選択し、「売り子さんを呼ぶ」ボタンをタップするだけで、そのメーカーのビールを持った売り子さんが座席まで「はい、スーパードライです!」といった具合に持ってきてくれるというものです。

全座席には対応しておらず、例えば楽天koboスタジアム宮城の場合、この呼び出し機能は三塁側の約7600席で使用可能です。
ただ、その他のエリアにいる場合でも、売店情報やおすすめ商品、施設マップは閲覧できますので、スタジアムで野球観戦を楽しむのに便利なアプリとなっています。
「野球場NAVI」の概要

「野球場NAVI」の概要

「白雪姫とは握手しない」という子細な行動を把握・分析

かねてから積極的に顧客の行動分析を行ってきた米国のウォルト・ディズニー・カンパニー(以下ディズニー)は、RFIDチップ を使って来園者の行動をより詳細に把握し、マーケティングに活用しています。

フロリダ州にあるウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートで導入されている「マジックバンド」というリストバンド型のチケット。
このバンドにはRFIDチップが埋め込まれており、チケットのみならず、直営ホテルのルームキー、待たずにアトラクションに入れるファストパス、クレジットカードとしての機能を備えていて、来園者にとっては大変便利です。

この便利なリストバンドがディズニー側にとっては大事なマーケティングツールとなっており、マジックバンドを装着した来園者の、ディズニー・ワールドにおける行動の一部始終を把握しているのです。
どれだけ詳細かというと、例えば「グーフィーには興味を持ったのに、白雪姫には見向きもしなかった」などといったことまで把握しているから驚きです。

これらのデータを収集し、分析することで、マーケティングメッセージをよりカスタマイズすることができます。
その結果、「あなたにはこんなアトラクションもありますよ」と、おすすめのアトラクションを提案することなども可能になり、よりきめ細かなサービスの提供へと繋がるのです。

前述した通り、ディズニーはもともと分析が大好きですから、以前から駐車場を調べて、どの地域の車が来ているのか、その地域と同じような所得層の地域はどこか、など顧客を分析し、訴求したい地域に対して集中的に広告を出すといったことをしてきました。
この、パーキングをベースに行っていた分析が、RFIDチップ入りのマジックバンドによって、さらに細かくできるようになったということです。

位置情報でサービスが多様化する旅行・観光業界

旅行・観光分野でも位置情報はさまざまに活用されています。図-22でいくつかの事例を見ていきましょう。
旅行・観光分野でも位置情報を活用

旅行・観光分野でも位置情報を活用

兵庫県豊岡市の城崎温泉では、山本屋という老舗旅館の代表が中心となり、旅館や外湯、温泉街の商店にFeliCaチップの読み取り端末を設置しました。
そして外湯の入場券をFeliCaチップの埋め込まれたICカードにすることで、旅行者の入湯回数や、外風呂として利用している人、いわゆる“もらい湯”の数を常に把握できるようにしています。

国内旅行に関する調査・研究および地域誘客支援を行うじゃらんリサーチセンターは、携帯電話の位置情報データから、エリアごとの時間帯別来訪者数を把握することで、きめ細かな観光支援に繋げています。

Wi-Fiサービスを展開するワイヤ・アンド・ワイヤレス とコンサルティング会社のアクセンチュアは、訪日外国人旅行者向けに、全国各地のWi-Fiスポットに無料で接続できたり、観光情報やクーポンなどを入手できるアプリ「TRAVEL JAPAN Wi-Fi」を共同開発しました。
アプリをダウンロードしてもらうことで、利用者の国籍・性別といった属性データを把握するとともに、Wi-Fiスポットへのアクセス情報とGPSからの位置情報を合わせて行動経路を把握することも可能です。
このアプリはすでに100万ダウンロードを超えているようですから、訪日外国人の行動分析を行うのに有効なデータを取得できると言えるでしょう。

一方、JTBとJCBの共同出資会社・J&J事業創造は、訪日外国人旅行者向けの買い物サポートアプリ「Japan Shopping APP」を開発しました。
このアプリがダウンロードされたスマホを持った旅行者が小売店や飲食店、駅、ホテルなどを訪れると、店舗で使用できるクーポン券、そのエリアを訪れる外国人に役立つFAQ、ホテルの周辺で開催されているバーゲン情報といったサービス情報が、自動的に配信されます。
このようなアプリで取得したデータも、訪日外国人の行動分析に活かすことが考えられます。

加速する訪日外国人の行動分析

訪日外国人の行動分析においては、前述したアプリなどに先駆けてドコモ・インサイトマーケティングが、訪日外国人のデータ提供を人口動向分析サービスとして、2013年10月から開始していました。

外国人が日本に入国したとき、携帯電話を持っている人は電源を入れます。その際、携帯電話ネットワークに登録するための情報のやりとりが発生します。この情報で、訪日外国人がどのエリアにいるのかが把握できます。
さらに利用者は国別にローミングの契約をしていますので、ローミングの事業者情報(どの国のローミング事業者であるか)をネットワーク側が得ることで、彼らがどの国から来たかということも分かるのです。

図-23の右側のイメージイラストのように円グラフの大きさで人数のボリュームが分かります。このように1時間ごとの市町村単位での訪日外国人分布を国別に色分けして円グラフで表示し、分布を把握できるサービスを提供しています。
訪日外国人の位置データの分析サービス

訪日外国人の位置データの分析サービス

地域別にここまで子細なデータを得られれば、「中国系の人がこの地域に何人くらいいる」「爆買いのプロモーションをこうしよう」「ロシアの人が増えているからロシア語の通訳を増やそう」など、的確なプロモーションや対策へと繋げられます。

行き過ぎはよくありませんが、私自身、訪日外国人の行動分析のために「入国した外国人全てにスマホを貸し出したらどうか」ということを観光庁長官に提案したことがあります。
パスポートと連動したスマホで、日本国内にいるあいだはそのスマホを持ち歩いてもらう。
利用者の母国語でコンシェルジュ的なサービスが利用でき、観光名所に近づいたら名所案内などしてもよいと思います。

また、ビザが切れているのに連絡が取れない人は位置情報で場所がすぐに分かる。その人がスマホの電源を切ってしまったら、いつから何日間電源が切れている、ということも把握できます。

今、実験的にこのようなことを始めている自治体もあるようです。やや物議をかもすことは間違いないでしょうが、私は、訪日外国人全員にスマホを貸し出すことも、将来決してあり得ない話ではないと思っています。
(次回に続く)
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