「お金がないから娘がこんなことになってしまった」。沖縄発教育NPOエンカレッジが取り組む継続可能な学び支援の活動

沖縄県は全国で一番、ワースト1を抱えている県です。各家庭の経済的な課題は、子供の高校進学率や進路決定率に深刻な影響を及ぼしています。本連載では、沖縄県で一般塾への通塾支援や学習支援教室などの事業に取り組まれている「NPO法人エンカレッジ」代表の坂さんから、社会・経済的課題の「負の連鎖」を断ち切るためのさまざまな取り組みをご紹介いただきます。

本記事は、沖縄県で一般塾への通塾支援や学習支援教室などの事業に取り組まれている「NPO法人エンカレッジ」代表の坂さんに寄稿していただきました。
私はNPO法人エンカレッジを立ち上げる11年前から学習塾「意伸学院」を営んでいます。
その中で経済的な理由で塾に通えない、又は入塾はしたが途中で授業料が払えないから辞めざるを得ない、そんな子ども達を目の当たりにし、それからエンカレッジが始まりました。
今回はそのきっかけの部分ををお話ししたいと思います。

2008年1月 NPO法人エンカレッジ設立

エンカレッジ設立の11年前の1997年、沖縄県の教育の底上げの必要性を感じ「悩む君を一人にしない」の理念のもと“勉強に悩みを抱えている子ども達”いわゆる学力下位の子供達を対象に、沖縄県中部の沖縄市に学習塾「意伸学院」を開校。
私は那覇市出身ですが、縁もゆかりも無い沖縄市に開校した理由が3つあります。そのうち2.3.の理由が後々エンカレッジを立ち上げる事に大きく関わっていきます。

1. 前職で勤めていた学習塾が展開していない地域
大変お世話になったので同地域で競合を避けるのが大前提としてあった。

2. 子供の数が多い地域
近くの小学校は6年生より1年生の児童数が多いという昭和の人口ピラミッドが成り立っていた。
2005年の国勢調査では15歳未満の年少人口の割合が全国1位だった事から2008年に「こどものまち」を宣言した。

3. 家賃が安い地域
勤めていた学習塾を退職後、開業資金を蓄える為に富山県の工場で一年半寮生活をしながら、無駄遣いせずに貯めたお金(それでも250万円程)を大切につかうため家賃の安い場所を探した。

以上3つの条件が叶う場所が沖縄市の住吉という地域にありました。
そこは国道沿いで広さ15坪家賃5万円、何よりも住宅兼教室で使えるのが1番の魅力でした。

しかし…この安易な場所選びにより大きな社会課題に直面し、今更ながら教育の大切さを痛感する事になったのです。

どんな子どもも「勉強がわかりたい」気持ちがある

そんな場所で立ち上げた意伸学院は沖縄県の学力の底上げを教育理念に「悩む君を1人にしない」をキャッチコピーにして勉強に悩みを抱えている、所謂学力下位の子ども達の対象に開校しました。
4年後には教室数も増え役900名の生徒が通うようになり、勉強に自信のない子ども達の間では評判になっていきました。

そんな中、近くの中学校に通う中学3年生の男の子が母親と一緒に来塾がありました。
お母さん曰く基礎が出来ていない。理解力が乏しい。私が教えても怒ってしまうし喧嘩になる。学校からは今のままでは行ける高校がないと言われ、どうにか高校に入学させたいので塾に入れて欲しいとの事でした。
本人にも意思を確認すると、頑張る! との事なので入塾手続きを行い、翌日から登塾開始です。

実際に勉強を見てみると基礎ができてないし、理解力も乏しいとはその通りで、少し発達の特性も感じられました。ただ良い所は暗記力が抜群にある事です。そこで、次の学校の定期試験まで時間もないので社会以外はやるなと伝え社会の勉強だけを特訓しました。
その後の学校の定期試験で社会の点数が見事98点を取り社会だけはクラス1番になりました。その他教科は一桁点だったんですが……。
その結果本人が勉強に自信を持ち他教科も少しづつ点数が上がっていき、無事に工業高校に合格しました。

これは一つの例ですが、学力下位層の子ども達へのアプローチの必要性が間違いなかった事と、どんな子ども達でも「勉強がわかりたい」気持ちがあるという事を再認識させられた4年間でした。

そんな中、塾に通いたいがお金がないから通えない、授業料滞納で退塾をせざるを得ない、そんな子ども達の多さを目の当たりにし、又そういう子ども達に限って学力が低い傾向にありました。今まで沢山の事を諦めてきて勉強も諦めないといけない。その結果、夢や希望、目標、目的が持ちにくい。

これまで子ども達と関わってきて、夢や希望、目標、目的をしっかり持っている子は生き生きとしていて精神的成長も早い、それは何故か。
夢や希望を叶える為、そして目標、目的に到達する為に、今何をやらないといけないかを自分で考えて自発的な行動が出来るから、それが自立に繋がるからです。
そして周りに良い影響を与えていきます。これこそ学習塾の到達点だと考えています。
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「私に学がないから娘がこんなことに」。母親の言葉で行動を決意

話は戻して経済的理由で塾に通えない、中途退塾する。そんな子ども達のあまりの多さに対して2つの危機感がありました。

一つに、教育の機会均等です。子ども達は無限の可能性があります。その可能性を経済的な理由で蓋をしてはいけない。"教育は必ず平等でなければならない"という事を強く感じた事。

もう一つは自社や地域の持続性です。学習塾に例えると、貧しい子ども達が多い地域(後々調べたら近くの小学校では就学援助児童が半分近く、沖縄市の就学援助児童生徒率が24%であった)で塾を持続性を持って経営するのは難しいと考えました。

個人的な見解ですが、企業の責任は利潤をあげる事も大切ですがそれ以上に永続する事と考えています。このままではこの子達が教育を受けないまま、夢や希望を持てないまま、大人になり、自身の子どもが出来その子どもを意伸学院に通わせる事が出来るか?

答えは否です。もしそうなると企業も地域も持続性が担保されない。それなら今のうちに無償の教育投資が必要では無いか、そんな事を考える様になり、そういう子を対象に授業料を免除する事も考えました。
しかし免除とは授業料を払っている家庭のお金をその子達に分配する事になるので断念。それなら自分の財布から出す事も考えたが継続出来ないのでこれも断念。

そんなモヤモヤの中、ある年の高校入試の発表時、私を一念発起させる出来事がありました。
私達学習塾の講師は手分けして各高校へ合格発表を見に行きます。手には子ども達の試験番号を持ち、合格者と不合格者を確認します。目的は、不合格者の子がいたらその子に連絡をして今後の進路をいち早く話し合う為です。

その年私は近くのコザ高校に行き掲示板で合否の確認をしていた時、見覚えのある母娘が掲示板の前で俯いているのを見ました。
その母娘は経済的理由で入塾を断念したが、お母さんから模擬試験だけは受けさせたいと申し出があり当塾で受験しました。因みに模擬試験受験料は2500円ほどです。その後模擬試験の結果を元に進路面談でコザ高校は厳しいと判断しそれを伝えたが本人は挑戦したいと話していたのを覚えています。
結果は母娘の表情のとおりで、その場でお声かけさせて頂き、今後の進路面談をする事になりました。

その時のお母さんの一言がエンカレッジを始める直接的な言葉でした。
私が、学がないから、お金がないから娘がこんな事になってしまった!
そんな言葉を漏らし自責の念に駆られていました。
それをきっかけに行動に移そうと決断したのです。

学習塾と企業の協力を得て、8名の通塾を無償化

先ずおこなったのが、沖縄市内の殆どの学習塾へ連絡をして聞き取りと提案をさせてもらいました。
その結果経済的理由で入塾を断念する、中途退塾する子ども達はどこの塾でも多数いるとの事。
また、どうにかしてあげたいが私が上げた同理由で断念せざるを得ないという塾もいくつかあり、母子家庭には授業料を少し安くしたり入塾金を免除しているという塾もありました。

いずれにせよ、殆どの塾長先生達はその子達に対してどうにかしたい、どうにかしないといけないというお考えを持っていました。その中で、もし私が彼らの授業料を準備したら受け入れが可能かお伺いしたら9つの塾が可能だと答えてくれました。
ここで理解した事は、各塾が同じ危機感を持っている事。課題が、ある一定ではあるが顕在化している、それが潜在的にも埋もれている事でした。

聞き取りの後の行動は企業へのアプローチでした。
いくつか知っている企業にお声かけさせて頂き、お願いしたのが沖縄市内の就学援助児童生徒を対象とした市内学習塾への通塾支援でした。
沖縄市は就学援助児童生徒が県内で1番多く、24%にのぼる。その子達は学びたい意欲があるのに経済的理由で学べない。だから無償で学習塾で学ばせたい。市内に9つの受け皿の学習塾があるのでそこに対して70%の授業料を補助してもらい、あとの30%は塾長先生が負担すると言う内容をお話ししました。

殆どの企業の担当者の方はとても真剣に聞いて頂き、課題を共有する事ができました。その中で敢えて否定的な意見を挙げるとすれば2つありました。
一つは「学びたいなら学校で勉強したら良いのに」という意見です。
その意見に対してお伝えしたのは、小さい頃から学ぶ環境がない子ども達は学年が上がれば上がるほど理解が出来なくなり、取り残されている。そう言う理由から幼少期から今まで成功体験も少ないし著しく自己肯定感が低いしコミュニケーションする力も低い。こんな子ども達だからこそ成功体験や学校以外の学びが必要である。

もう一は「親の責任だから先ず親から教育するべきでは」という意見。
その意見に対してお伝えしたのは、親が出来ないのなら子ども達の課題を見つけた誰かが親の代わりに愛情や教育を行う必要があるのではないかと、親を教育する事も大切だが子ども達の成長スピードを考えた場合その方が有意義ではないか、これをきっかけに社会全体で彼らを育むべきではないか。

今思えば40歳にもならない青二歳の話を企業の人が真剣に聞いて意見を言ってもらったのは有難い事でした。

その中で協力してくれたのが、田里会計事務所、アルソア花、沖縄トヨペットの3社でした。3社には13年経った現在も協力頂いています。この時の協力が無いと現在の活動はなかったのではないと感じています。この場を借りて心より感謝申し上げます。
そのおかげで初年度は8名の生徒が市内の4つの塾に通塾する事になりました。
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無償でも通塾が難しい子どもをどう支援していくか

最初のエンカレッジの活動のスタートです。が、この後も沢山の課題が出てきます。
通塾支援から1ヶ月、ある学習塾からの連絡がありました。内容は中学3年生の女の子の受け入れを辞めたいとの事でした。
理由を伺うと遅刻が目立ち授業態度が良くない。学力も低いので他の生徒に影響が出るとのことでした。

大反省です。受け入れ塾に任せっぱなしにしてその後のフォローを疎かにした結果です。塾長先生と話して、今後の管理をしっかりやる事と、本人にも学習態度等を改める様に伝えるのでもう一度チャンスをくださいとお願いしたが良い返事はもらえません。本人とも話したが基礎がわからないので塾に行くのは嫌との事。

今回の反省はたくさんあり、先ずは双方への定期的な聞き取りと面談が出来ていなかった事、そして本人の家に近いを優先して学力等が合わない場所を選んだ事です。
それを考えると選択肢は個別塾になるのだが授業料が高い。個別塾の授業料で他の多人数指導の塾の授業料が2人分が賄える金額です。
もう一度支援の在り方を考えないといけない、そんな事がスタートから1ヶ月で訪れてきました。
今回は受け入れ先の塾にお礼とお詫びをお伝えして退塾の手続きを行いました。
その後、本人にはエンカレッジの事務所に来てもらい、私や事務員、その他ボランティアの方に来てもらって事務所での学習に切り替えての支援を続けていきました。

その後も口コミ等で通塾支援を受けたい問い合わせが多数ありましたが、生徒数と授業料支援金の需要と供給が合わなくなり、通塾支援よりもエンカレッジの事務所での学習支援が多くなっていきます。
事務所学習を続けていく中で子ども達も勉強がわかる様になり親も喜んでくれた事を差し引いても負担の方が大きかったと感じていたのはその時の正直な気持ちです。

その後ある方との出会いで支援の在り方が劇的に良い方向に向かっていきます。

この続きはまたの機会がございましたら書いていきたいと思います。
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