障害があってもなくても誰もが同じ地平で生きていく―インクルーシヴ社会を理解する

【連載第1回】「IoT/AIによる障害者のソーシャル・インクルージョンを実現する」ことを目的に設立した「スマート・インクルージョン研究会」の発起人・代表である竹村和浩氏が目指す「インクルーシヴ社会」とは何か? また東京オリンピック・パラリンピックに向けた先進的なビジョンと、その先に広がる日本の未来を、IoT/AIの活用という視点で語ります。

障害者と健常者の「これからの関係」を、歴史と今の両面から追う本連載は、「スマート・インクルージョン研究会」代表・竹村和浩氏の寄稿でお届けします。
連載第1回は、一種のタブー視のなかでいくつもの言葉でラベリングされてきた「障害者との関係:言葉の歴史」を解説します。

今知っておくべき、時代のキーワード「インクルージョン」とは?

菊池桃子さんも提言した「インクルージョン」

「インクルージョン」(inclusion)あるいは、「インクルーシヴ」(inclusive)という言葉を聞いて、すぐにわかる人は、おそらく家族に障害を持つ人がいるか、障害・福祉関係の仕事に何らか関わっているか、あるいはそういった分野に興味関心を持っている人でしょう。日本では、未だそれほど馴染みのある言葉ではないといえます。はじめて聞かれた方も多いと思います。

「インクルージョン」については、最近、菊池桃子さんが、政府の「1億人総活躍社会会議」で、「1億総活躍を補完する言い方として、ソーシャル・インクルージョンと言い換えてはどうか」、と発言したことがニュースで取り上げられ、話題となったことで耳にした人もいるかもしれません。

アメリカでは、人事・HR関係で、従来の「ダイバーシティー【多様性】」という言葉に代わって一部使われ始めてはいますが、そもそも、「インクルージョン」、「ソーシャル・インクルージョン」、「ダイバーシティー」や、「ユニバーサル・デザイン」、「ノーマライゼーション」あるいは、「バリアフリー」などの区別も明確ではないといえるでしょう。

今回は、馴染みのない、これらの言葉の整理をすることから始めてみたいと思います。

まず、大きく、3つの観点、
1. 言葉の由来
2. 思想家とその考え
3. 国際法の流れ
に分けて観てみたいと思います。まずは、インクルージョンとは何か?からです。

「インクルージョン」という言葉の由来

「インクルージョン」とは、1980年代、アメリカでの障害児教育の分野で新たに注目された理念で、それまでの統合教育を超える考えとして普及してきました。(*「ソーシャル・インクルージョンのための障害児保育」堀智晴、橋本好一、直島正樹編著)

日本でも「インクルージョン」といえば、主として障害を持つ子どもたちが通常学級で共に学ぶ、インクルーシヴ教育の考え方を指して使われています。また、言葉の意味自体としては、英語の、inclusionが「包括・包含・包摂(ほうせつ)」と訳され、あるいはカタカナで「インクルージョン」として使われています。

動詞ではinclude(含む・包含する・包み込む)という意味を持つ単語です。また、その反意語は、「エクスクルージョン」(exclusion)で「排除・隔離」を意味する単語です。また、宝石業界では、「インクルージョン」とは鉱物などに入っている液体や小さな結晶などの総称としても使われています。
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インクルージョンとソーシャル・インクルージョン

「インクルージョン」と「ソーシャル・インクルージョン」は、もともとはフランス・EU諸国での社会的経済的格差の問題から生まれた言葉で、1970年代フランスが戦後復興と福祉国家の諸制度が整いつつも、その中からでさえも排除されている状態、それを「社会的排除:ソーシャル・エクスクルージョン」(social exclusion)と呼んだことに始まります。

その後、1980年代に入って、ヨーロッパ全体で若者の失業問題がクローズアップされた際に、このフランス生まれの「ソーシャル・エクスクルージョン」という言葉が注目され、同時にその対語としての、「社会的包摂:ソーシャル・インクルージョン(social inclusion)という言葉がヨーロッパ全体の社会政策のキーコンセプトとなっていったといわれます。(*「ノーマライゼーションと社会的・教育的インクルージョン」曽和信一著/阿吽社P.95-97)

当然、その排除の対象としては障害者を含む社会的弱者が含まれ、そこにはニートなどの若年失業者や、社会的格差の対象となる人たちが含まれています。本来は障害者だけを対象とした言葉ではなかったのです。また、とりわけヨーロッパでは、移民の問題などでのマジョリティーとマイノリティーの問題としても取り上げられています。

「ソーシャル・インクルージョン」という言葉は、もともと「エクスクルージョン」という言葉から出発した、いわば、今日的な格差の問題を広く含む言葉なのです。その後、社会保障制度からも抜け落ちてしまう弱者救済のキーワードとして、「ソーシャル・インクルージョン」、のちに「インクルージョン」として主として教育で使われる言葉に発展していきます。

現在では、「インクルージョン」と「ソーシャル・インクルージョン」はほぼ同義で使用されています。(ソーシャル・インクルージョンは、インクルージョンの広義の意味として)

ノーマライゼーションの父:バンク・ミケルセンの思想

もう一つ、「インクルージョン」を考えるうえで、忘れてはならない言葉に「ノーマライゼーション」という考え方があります。これには、3人の思想家を除いて議論することはできません。

1950年代、デンマークの社会省にいたニルス・エリク・バンク・ミケルセン(以下、バンク・ミケルセン)は、自らの第2次大戦中のナチスドイツへの抵抗運動によって自らが収容所に収容され、その中で目の当たりにしたユダヤ人のみならず、障害者の大量虐殺の体験と、戦後、社会省に入って知ったデンマークでの知的障害者の施設収容の悲惨な実態(優生思想からの断種の強制など)を知った経験から、「すべての障害者が普通の生活ができるように」との考えるようになり、「ノーマライゼーション」という考え方を打ち出します。

この「ノーマライゼーション」(normalization)という考え方は、施設収容の悲惨な実態を改善しようとする親の会の運動と連携し、健常児者と同じ普通の生活をさせてやりたい、普通の家庭生活を可能な限り保障してやりたい、という願いとなって、社会省への要望書の提出がなされ、それをこのバンク・ミケルセンがバックアップする形で誕生しました。

当時のデンマークでは、知的障害を持つ人、子供たちは、「障害がある」という理由だけで、大型の収容施設にいわば、隔離・分離された生活を強いられており、中には、一つの施設で1500人が収容され、劣悪な環境に置かれていたといいます。

障害を持つ人、障害を持つ子供たちが、少しでも、ノーマルな生活を営める条件を獲得する、という目的で行われたノーマライゼーション運動は、1959年、その基本的な権利を保障する世界初の法律(1959年法)としてデンマークで成立します。

これが、バンク・ミケルセンによる「ノーマライゼーション」という理念、考え方と運動です。

ノーマライゼーション育ての父:ベンクト・ニイリエ

1960年代に入ると、ミケルセンの「ノーマライゼーション」という考え方は、スウェーデンのニイリエ(Bnegt Nirije)によって受け継がれ、より理念として明確な形を持っていきます。

ニイリエはミケルセンの「ノーマライゼーション」をより理念化、制度化することに尽力しました。また彼は「ノーマライゼーション」に具体的な目標を定め、その実現に力を尽くしました。

ニイリエの「ノーマライゼーション」は、障害をノーマルにすることではなく、障害者の置かれている環境・住居などをノーマルに過ごせる環境に変えていき、それにより健常者と同等の生活が営めることを目標としました。

これにより「ノーマライゼーション」は、施設から地域へ、代弁者から当事者中心の福祉へと、実際に大規模施設を廃止し、在宅でのサービスの充実へと方向転換がはかられました。彼の考え方は、障害を持つ本人による意思決定というself-advocacyの考え方へと帰結していきます。
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北米でのノーマライゼーションの普及:ヴォルフ・ヴォルフェンスベルガー

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グーテンブック編集部 グーテンブック編集部