大前研一「教える」から「考える」へー答えなき時代の教育トレンドー 「講義型から対話型へ。世界で活躍する人材を育てる『考える教育』」

【第9回】日本の高度成長を支えた、「正解」をいかに早く覚え、再現するかという従来の教育は、「答えのない時代」を迎えた今、うまくいかなくなった。日本の国際競争力を高める人材を育成する上で、障害となっているものは何か。21世紀の教育が目指すべき方向は何か。本連載では、特色ある教育制度を取り入れている先進国の動向から、日本の教育改革の方向性を導き出す。

本連載では書籍『大前研一 日本の未来を考える6つの特別講義』(2016年6月発行)より、国際競争力を高める人材を育成するための日本の教育改革について解説します(本記事の解説は2013年6月の大前研一さんの経営セミナー「世界の教育トレンド」より編集部にて再編集・収録しました)。前回に続き「教える教育」「考える教育」の対比をご紹介します。

幼稚園から起業家を養成するフィンランド

ここまでアジアの「教える」教育について述べてきましたが、対する「考える」教育とはどのようなものか。北欧の例を見ていきます。フィンランドでは、1990年代の経済危機の際、人口550万人に満たない小さな国に閉じ込められていたら自分たちの将来はない、世界で活躍できる人材を育てようということで、この「考える」教育に舵を切りました(図-24)。
 (2627)

優秀な企業を増やしていくために、幼稚園から「起業家養成コース」を設けています。具体的に何をするのかというと、幼稚園児を連れて青果店に行きます。そして、店のおじさんがどうやってお金を稼いでいるのかを考えさせるのです。

仕入れをし、その代金を払う。お客さんが来て、野菜を買う。そういった一連の過程を実際に見て、「売れ残った野菜が棚の上で腐ってしまえば、このお父さんと家族は食べていけないですね。では、どうすればいいでしょう?」という議論をするのです。損が出ないように青果店を経営していく方法を考える教育です。

次の機会には果物店に行って、儲けが出る方法を自分で一から組み立ててごらんという課題を出します。お金を稼ぐというのはどういうことか、商売の仕組みはどうなっているかという答えのない問いを、みんなで議論してじっくり考えるのです。

「教える」教育と「考える」教育

 (2630)

図-25は、「教える」教育と「考える」教育の違いを図説したものです。左側の「教える」教育では、「2+3はいくつ? 答えは5です。分かりましたね」と先生が生徒に教えます。正解なら○、間違っていれば×です。一方、右側の「考える」教育では、〇も×もないのです。「5とは何だろう? リンゴが5つあったらどう分ける?」と、そもそも問いの立て方が違う。0+5でもいいですし、3+2でも、いくつ答えがあってもいい。目的によって議論の方向性も、答えも変わってきます。それをクラスでディスカッションするのが「考える」教育です。

「考える」教育は記憶に残りやすい

 (2633)

「考える」教育は、思い付きで導入されたわけではなく、科学的根拠があります。図-26を見ていただきたい。学習方法によって、人間の記憶率がどう変化するかを表しています。講義を受けた人の平均記憶率は5%、読んだものは10%、視聴覚教材を取り入れると20%、実験機材などを使うと30%。ここまでが、通常の日本の教育です。

一方、北欧の「考える」教育は図の下半分が中心です。グループ討論の平均記憶率は50%。「青果店に行った」「果物店に行った」など、体験を通じた学習が75%。「君はもう分かっているようだから、この人に教えてあげて」と他人に教えると、記憶は90%残ります。つまり科学的に、「考える」教育は記憶が残りやすいのです。

この図を見ると、日本の教育方法の欠陥が一目瞭然です。日本では試験の〇×によって偏差値が決まり、人生が決まってしまうため、必死で暗記をするわけですが、記憶が定着しない学習方法ばかりですから、試験が終わると同時に記憶が消えてしまいます。北欧がなぜ「考える」教育にシフトしたか、もうお分かりいただけたと思います。教えない、「考える」教育によって、試験のためだけではない、実際に役立つ知識が身に付くのです。

大前研一 日本の未来を考える6つの特別講義

2,200
この「教育問題」講義ももちろん収録。「人口減少」「地方消滅」「エネルギー戦略」…避けて通れない日本の問題を大前研一さんが約400ページのボリュームで解説する特別講義集。

ティーチャーからファシリテーターへ

「考える」教育においては、教師の役割も変わります。デンマークでは“Teach”という言葉を教室で禁じました。答えがあるからTeachするわけで、答えがないときにTeachすることはできません。Teacherという言葉、Teachという概念を否定するところからスタートしたのです。その考え方で言うなら、日本語の「先生」という言葉も適切ではありません。先に生まれたというだけで、教える力があるとは限らないですから。

30人の生徒がいるとすれば、30通りの答えがあっていいのです。答えのない問いに対し、それぞれの考え方を理解し、話し合いの中でいかに合意を形成していくか。つまり「講義型ティーチング」から「対話型ファシリテーション」への発想の転換です(図-27)。チームで答えを導き出し、一つに絞って実行する。このような教育が、フィンランド、デンマークを筆頭に北欧に行き渡ったということです。
 (2637)

スウェーデンの改革はなぜ失敗したか

スウェーデンはこの改革をさらに進めて、教育権を地方自治体や個々の私立学校に移しました。ところが、貧しい地方ではこれがうまくいかず、教育の質にも大きな差が生じて、前述のPISAでも大幅に順位を下げてしまいました(図-28の左側)。

また、スウェーデンの公立学校は授業料がかからなかったのですが、図-28の右側にあるように、個人の選択の幅を広げるという名目で私立学校を導入しました。この結果、富裕層の子供が都市部のフリースクールを選択するようになり、教育格差が広がってしまった。特に数学などの科目では、親の学歴が低いほど子の学力が低いという相関関係があります。スウェーデンの例からは、改革を進めると同時に国家が最低限の水準を保障することの重要性が分かります。
 (2640)

(次回へ続く)
21 件

この記事のキーワード