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アイデアミキサー・インタビュー | 皆川 義廣(合同会社KIZUNA代表)前編

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軸となる強い意志やアイデアを抱きつつ越境や新分野開拓を実践している方に、その想いや活動について語っていただく「アイデアミキサー」シリーズ。

第5回は、日本IBMで32年間勤務したのち、「ワンコin食堂」や「障がい者グループホーム」など次々とコミュニティーを作り続けている合同会社KIZUNA代表 皆川義廣さんにご登場いただきます。大切なのは「型にはめないこと」。

(インタビュアー 八木橋パチ)

合同会社KIZUNA | https://www.kizuna.fun/
障がい者就労継続支援B型「オフィス・キズナ」やペット共生賃貸マンション、スタッフの7割が障がいを持つカフェ・レストランなどの事業を運営。
本社: 千葉県長南町、代表社員: 皆川義廣

 

— 先日はありがとうございました! 今日は改めてお話聞かせてください。まずは、皆川さんのことを知らない人に向けて1分で自己紹介をお願いします。 

パチ、こないだは遊びに来てくれてありがとうね。それでは。

皆川義廣(みながわよしひろ)です。バブル期真っ只中の1988年に同期500人と一緒にIBMに入社して、その後2020年3月に退社起業するまでの32年間勤務しました。

現在は合同会社KIZUNAの代表社員として、8名の社員とさまざまな仲間たちと一緒に3事業3店舗を運営しています。

オフィス・キズナについて

 

— 今回、インタビュー前に改めてKIZUNAのウェブページを見たんですが、皆川さんは大学で建設を学んでいたんですね。そこからIBMへの入社は珍しかったのでは?

そう、工学部で建設学科に通ってました。落ちこぼれ学生だったけどね(笑)。それでもバブル期で超売り手市場ということもあって、就職活動を始めたらスーパーゼネコンや大手設計事務所5社から内定を貰えました。

でも、「建設の勉強に落ちこぼれた自分が、それを仕事にするの? 本当に?」って、なんだかあまり気が向かなくって…。

それで、どんな会社かあんまりよく分かっていなかったけど、「外資系でお給料も良さそうだし」って、日本IBMの入社試験を受けたんだよね。

 

— そして無事入社となった、と。先ほど同期500人って言ってましたね。多い!

それでも谷間の年で、前の年と翌年はそれぞれ1,500人ずつ入社してたんだよ。そういう時代だったね。

それで入社後、なんとIBMで最初に配属されたのが建設担当の営業部門。建設を避けてIBMに来たのに(笑)。

でも、落ちこぼれだったとはいえ学生時代の勉強や知識が役に立って、お客様には「こんな専門的なことよく知ってるじゃないか」なんて可愛がっていただけたね。もちろん、現場経験がないから浅知恵でしかないんだけど、それでも「ただのIT屋だと思っていたけど、君は分かっているね」って。

朝8時からのインタビューでもパワフルな皆川さん

 

■ 障がい者に当たり前の生活を | ビジョンの力

 

— 3つの事業を運営しているということでしたが、1つずつ簡単に説明してもらえますか?

はい。起業時の構想順に言うと、まず1つ目がグループホーム。高齢者向けではなくて障がい者向けのもの。そして2つ目がペット共生不動産事業。3つ目が障がい者就労支援事業で、障がい者就労支援っていくつかのタイプがあって、うちがやっているのはその中のB型と呼ばれるものです。比較的軽度の作業が中心で、「単純作業」とも呼ばれているもの。

ただ実際には、構想とは逆の順番で、障がい者就労支援の事業からスタートすることになったんだけどね。

 

— どうして逆の順になったんですか?

起業前に、改めて自分が事業を通じて最も達成したいことが何かを問い直していった結果、「障がい者に当たり前の生活を!」というKIZUNAのビジョンができたんだよね。

それで、準備期間に業界背景なんかをいろいろ調べている中で「これはおかしいだろ。何よりもすぐスタートすべきは、障がい者就労支援じゃないか?!」って思って。この事業の準備を急ピッチに進めました。

 

— 「障がい者に当たり前の生活を!」というビジョン実現に、それが一番大きなインパクトがあったってことですよね。つまり、就労が当たり前を阻んでいた、と。

その通り。当たり前の生活をするには暮らすところが必要で、グループホームは当然重要なものだけど、それ以上に、ある程度の収入を得る力や機会が絶対に必要だと思ったんだよ。

だって、彼らの時給って、平均すると150円程度だよ。月額で1万5千円。

これじゃあ国や親に頼らずに暮らすことは不可能だよね。そのためにはまず年内に時給500円にしなきゃいけないって考えていて(現時点で270円)、その実現のために「時給日本一を目指します」と宣言しているの。

 

— 時給がすごく低いという話は以前別のところでも聞いたことがありましたが、そんなに低いんですね。

ひっくいよね。低すぎるよねえ。それで今は、障がい者就労支援B型事業として、3つの業態でしょうさんに働いてもらってるの。あ、「しょうさん」っていうのは障がい者の方たちのことね。僕らは親しみを感じられて、顔が見える関係性を作っていきたいから、「しょうさん」って呼んでいるんだ。

3つのまず1つ目が「キズナ・コーヒー」という、千葉県の茂原駅前でのコーヒーの焙煎と販売。お客様に生豆を選んでもらって、それをその場でしょうさんが焙煎し、パッケージングしています。

 

— 先日、キズナ・コーヒーのグァテマラを購入して、今もちょうど飲んでます。すごくフルーティーで美味しいです!

ありがとう! そうでしょう! オンラインでも販売しているから、よかったらまた買ってね。

それから2つ目が配食事業。配食っていうのは、お弁当を作って配達する事業のことね。そしてもう1つが、こないだパチも来てくれた、500円玉1枚でワンコと一緒に食事ができる「ワンコin(ワンコイン)食堂」ね。

メルカリ | キズナコーヒー

ワンコin食堂

 

— ワンコin食堂もとっても美味しかったです。特にカレーは抜群! そして、障がい者の方たちが楽しそうに働いていたのが印象的でした。

カレー、あの本格的な味が500円って破格でしょ? 大人気なんだよ!
そしてしょうさんたちがイキイキ働いているっていうのは、こだわっているところだから、それが伝わって嬉しいなあ。

美味しいものを食べていただくことでお客様も笑顔になるし、そんなお客様から直接「おいしかったよ」なんて声をかけていただいたり感謝されたりすることで、しょうさんたちもすごくやりがいを感じてくれているんだよね。

ワンコin食堂前で集合写真 (『【お礼】大盛況!キッチンカー・イベント』より)

 

■ どうせこれくらいしかできないだろう… | 型にはめているのは世の中

 

— 先ほど、時給日本一を目指すと言っていましたが、具体的にはどのようなことを考えているんですか?

ちょっと複雑なところもある話なんだけど、就労支援B型は、作業をやればやるほど行政からたくさんの補助金や助成金がもらえるという制度になっていて、すごく簡単に説明すると、お客様からの作業発注単価にかかわらず、量をたくさんこなせばその分事業体としての収益は上がっていくという構造です。

たとえば、ボールペンの芯を詰めるだけとか、ティッシュペーパーを袋に入れるだけとか、そういう作業ね。

 

— ただ、そうした単純作業はそもそも低賃金ですよね。そうなれば障がい者の方たちに支払える金額だって…

そう、そういうことです。だから、私は直接事業を作りだして、そこでしょうさんたちに付加価値の高い仕事をしてもらっているの。

健常者の方たちと同様のサービスを同様のサービスレベルでしてもらい、お客様から同じような料金を払っていただく。そうすれば、そのお金が直接しょうさんたちの収入額へとつながっていくでしょう。一般的な時給を彼らにお支払いできるようになる。

今はまだ初期投資の回収や、サービスレベルの向上のためのトレーニングや管理もあって時給1,000円というわけにはいかないんだけど、いずれは必ず。

 

— なるほど。でも、収益と労力のバランスだけで事業を見れば、単純作業だけやっている方がトレーニングも管理も最低限で済みますよね。そういう事業主もいるのでは…?

うん。そういう就労支援事業をやっている会社も少なくないよ。それがこの業界の実態でもある。でも、私が実現したいのはそういうことじゃないから。

しょうさんたちが「当たり前の生活」を送れるようにしたいから、この会社をやっているわけでね。

 

— とは言え、彼らの管理・監督や、しっかりとサービスを提供できるよう教育するのは簡単なことではないでしょう?

たしかに簡単ではないけど、パチが思っているほどでもないよ。もちろん個人差はあるけれど、彼らはみんな、仕事ができる人たちなんだよ。

「どうせこの人はこれくらいしかできないだろう」と管理者や世の中が型にはめてしまうから、そう思ったり思わせたりしてしまっているだけ。そういう仕事しか与えてこなかったっていうだけのことなんだよ。

 

— そうか…。たしかにその通りかもしれません。

1つ紹介したいエピソードがあってね。うちに今来ていただいている最年長61歳のしょうさんなんだけど、彼、高校を卒業して就職し、その後職場でイジメにあって精神障がいを発症しちゃったのね。それ以来、30年以上1日たりとも働いたことがなかったって人なの。

その彼がうちに来てくれるようになってもう1年以上経つけど、これまで1度も休んでいないんだよ、土日以外。すごくない? 真面目にしっかり働いてくれる人なんだ。

そんな人に、私たちは機会を提供してこなかっただけなんだよ。

KIZUNAで働くしょうさんやスタッフの方がた

 

■ 決して色眼鏡で見ないこと | お揃いのエプロンがおかしい?

 

— そもそも、皆川さんはどうして障がい者福祉に興味を持ち始めたんですか?

きっかけは自分のお袋のことがあったからなの。IBMで働いていた頃の話だけど、お袋が認知症になっちゃって。最初は自宅で看護していたけれど、悪化スピードが結構早くてね。いよいよ難しくなって、グループホームで見ていただくことになったんだよね。

それで、症状の悪化レベルに合わせるということもあって、結局5軒かな、ホームを変わることになったんだけど、ホームの質の差が酷くてね…。

亡くなる前の最後はすごく良いホームに巡り会えて、とてもよくしていただいたんだけど、それまでの何箇所かは本当に酷かった。

 

— 酷いというのは、どんな観点からですか?

1部屋あたりの人数や清潔さといった施設のハード面もあるけれど、それより何よりもスタッフが酷くてね…。もう、人を人として扱っていないの。相手に対する敬意がまるでなかった。

 

— そうか…。ときどき、そうした施設での虐待というニュースを耳にすることもありますね。

この仕事を自分でやると決めてから、いろいろな施設に見学に行ったり勉強させてもらったりする中で、1つよく分かったことがあって。

それは、しょうさんたち、特に精神障がいを持っている方たちって、ものすごく相手の気持ちを読み取る力が強いってこと。すごいんだよ本当に。

それまで、自分が直接やりとりしたことがある障がいを持っている方って、認知症になったお袋と親戚1人だけだったのね。でも、頻繁にやりとりするようになって本当にびっくりしたの。こちらがどう考えているか、私たちの心持ちが彼らには丸見えなんだよね。スッケスケ。

 

— まずは自分も襟を正さなくてはと思いますね。ところで、事業をスタートしてから、一番苦労したことってなんですか?

そうだなぁ。さっき「しょうさんを型にはめてしまう」って話をしたでしょう。実は、それが1番苦労した話に関係しています。

ほら、私なんかはまったく別業界からやってきているから、業界のそもそもの常識を知らないじゃない? でも、福祉業界に長く働いていた人ほど、それまでの業界の常識だったりやり方だったりがやっぱり身体に染み込んでしまっていて、違うやり方に戸惑う人が少なくなかったんだよね。

それで、どうしてもそれが抜けないというか、やり方を変えることができないスタッフさんがいてね。

 

— スタッフの方は現在8名ということですが、今もそういう方がいるんですか? 意識変革に取り組み中?

いや、そういう方は結局辞めていきました。みんな業界経験の長いベテランの人でしたね。

オフィス・キズナでは絶対に守るべきものとして誓っていることがあって、それは「しょうさんを健常者と変わらない、普通の人として扱う」ということ。決して色眼鏡で見ない。

それはもう本当に口が酸っぱくなるまでスタッフには言い続けていて、今いる正職員の皆さんは、全員その意識で働いている仲間たちです。それができない人は、うちでは無理ですね。

ワンコin食堂オープン前の記念写真。みんなお揃いのKIZUNAエプロンで

 

— じゃあ、今いらっしゃる8名は、みんな福祉の世界では新人の方たちばかりですか?

そんなことはなくて、半々ですね。ベテランの方たちでも最初からそういう心持ちでやられてきた方もいらっしゃるし、「暴言・暴力は何があっても絶対禁止」というKIZUNAのやり方に共感し、変わってくれる人もいます。

でも業界全体で見ると、これはとても悲しい話だけど、福祉業界は結構コンプライアンスとかがダメな事業者が少なくないなって思っていて。補助金・助成金目当てのところもあれば、労働者の「やりがい搾取」で成立しているようなところもあるなって。

またそういう環境の中で働いているうちに、スタッフ自身が病んでしまうということもあるんじゃないかな。

 

— そうですよね。きっと感情の振れ幅が大きい仕事だろうなと想像します。だからこそ、やり方に共感できるかどうかが、とても大きな意味を持っているでしょうね。

今の話にも少し関連するけど、キズナコーヒーをスタートするときに、スタッフお揃いのショップ・エプロンを作ったのね。そうしたら1人の社員スタッフが「私たちがしょうさん(利用者さん)と同じエプロンをつけるのはおかしくないですか?」って言ってきてね。

意味が分からなくて「え、どうして?」って聞いたら「だって、しょうさんと私たちは違うんだから、同じエプロンじゃおかしいですよ。お客様だってきっと困りますよ」って。

 

— 「健常者」と呼ばれている私たちの意識の中に、不要な壁ができてしまっていることを感じさせる話ですね。

 

 

後編では、皆川さんが考えるしあわせに働く秘訣、グランピング事業のアイデア、そして共生社会を実現する最重要要素について伺います。

乞うご期待!


(取材日 2021年7月9日)

 

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