大前研一「位置情報3.0。テクノロジーの“俯瞰”によって見えてくるもの」

【連載第1回】スマートフォン、SNSの普及に加え、測位技術の発展、さらにはドローンなどの新技術出現によって「位置情報ビジネス」が飛躍的に進化している。そう、世界は今「位置情報3.0」時代に突入しているのだ。 本連載では位置情報を活用したビジネスを取り囲む様々なテクノロジーの現状を大前研一氏が解説します。

本連載では大前研一氏が「位置情報ビジネス」を中心に、テクノロジーを活用した新しいビジネスモデルの実例を解説します。連載第1回では導入として、「位置情報」「FinTech」「ビッグデータ」といったテクノロジートレンドがビジネス利用という点ではどう関連するのかをお話いただきました。

*本連載は2016/5発行の書籍『大前研一ビジネスジャーナルNo.10(M&Aの成功条件/位置情報3.0時代のビジネスモデル)』の内容をもとに再編集しお届けします。
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注目すべきテクノロジーが1つにつながる

スマホが全ての入り口に

「位置情報3.0」の周りにはいろいろと注目すべきテクノロジーがあります。まずはやはりビッグデータ。それからIoTやフィンテック(FinTech)、AI(人工知能)もそうです。そして今、位置情報も含め、これらのテクノロジーが1つにつながってきているというのが私の実感です。

今、これら全てのものが皆さんが手にしているスマートフォンに集約されています。こうした状態を「スマートフォン・セントリック(Smartphone Centric)」と言います。スマホのエコシステムの中に、様々な機能やサービスが取り込まれているというわけです。ですから、これらの技術に関する事業を1つでも取り上げて見てみると、そこにあらゆる技術が入ってきていることが分かります。

位置情報とビッグデータを組み合わせて考える

たとえばセーフィーという会社は、170度モニターできるカメラとスマホを連携させるセキュリティサービスを提供しています。このカメラで捉えた映像を、自分のPCやスマホで見ることができるというものです。このカメラを自宅の玄関前に取り付けておいて、月々980円払っていれば、誰か来たときにセンサーがそれを感知し、自分のスマホにアラートで通知してくれます。さらに、録画されたデータの1週間分はクラウド上に保存されていますから、もしなにかトラブルがあったときには、それを警察に持ち込めば分析してもらえるのです。

こうした技術にビッグデータを組み合わせると、三次元画像解析ができて、映っている人間が前科持ちであるかどうかまで分かります。このような組み合わせが実現できるようになっているのです。

既存の企業を脅かすビッグデータ分析

セーフィーのように安価でかつクラウドに連携したセキュリティサービスが出てくると、綜合警備保障やセコムなどは、これから危機感を持つ必要があるでしょう。カメラがいたるところにあって、あらゆる映像をビッグデータ分析できるというこの時代に、セコムのように個別に判断していたのでは、対応が遅くなることも増えてくるでしょう。

たとえば、夜に突然アラートが鳴って、セコムが駆けつけたけれど、ただカラスが横切っただけ、というケースもあります。このような無駄撃ちが多いこともあって、セコムではどうしても対応が遅れがちになります。ですから何をもって危機的状況と判断し、警報を鳴らすのか、この閾値(いきち)の判断が重要です。

今、セコムもそのビッグデータ分析を活用するまでのとりあえずの策として、ドローンを飛ばしてまず見に行かせるようになっています。対象の位置情報をセンサーから受信できるので、ドローンでの遠隔撮影が可能になるのです。
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それぞれのテクノロジーを点としてではなく、俯瞰からつなげて考えることが重要だ。

ドローンを利用した安全対策

ドローンの技術でいうと、ドイツの航空会社ルフトハンザは、世界の商用ドローンのシェアの7割を占める中国のDJIと契約し、航空機の機体整備をドローンを使って行っています。機体の整備をする場合、エンジンなどは人間が下から直接見ることができます。しかし、人が直接近くで見て確認しにくい箇所がたくさんあるのです。

たとえばJAL123便の御巣鷹山墜落事故の際には、尾翼のテールコーン(円錐状の胴体尾部)が飛んでしまいました。これはクリープ破壊という現象だったのですが、この現象が起こった場合、近くで見れば必ず亀裂が走っています。クリープというのは、高温下で負荷がかかった物体が変形するということで、その状態が続けばやがて壊れてしまいます。これは細部まで見れば分かるのですが、当時問題になったのはテールコーンの上部でしたから、余程高いところから見ないといけないのです。しかも相当に細部を拡大して見る必要があります。

ルフトハンザとDJIは、人間が行くには大変なところを、ドローンを飛ばして点検し、機体の上側や尾翼、その付け根の部分などを克明に見て、おかしな亀裂が走っていないかどうかを検査するのです。機体に使われているジュラルミンという素材は、いきなり割れてしまうことはないのですが、亀裂が走り始めると割れてしまうことがあります。

今後ドローンは人の行けないところや、人を雇ったら費用がかかるところ、休日の工場の見回りなどにももっと使われていくでしょう。

ブロックチェーンには、あらゆるシステムを壊す力がある

一方、支払いや金融取引の分野に目を移すと、フィンテック、つまりIT技術による金融サービスの効率化があります。その中で注目を集めている技術に、仮想通貨の基盤となっているブロックチェーン技術 があります。

今、日本の決済の多くは、前時代的なNTTデータの全銀システム(全国銀行データ通信システム)というものを使っていて、非常にクローズドな状態です。このシステムは処理コストが高く、基本的には1回利用するごとに料金が発生します。ところがブロックチェーンを使って、スマホ同士で複数のコンピュータがお互いにデータを担保していくということになると、料金を安く抑えられます。必要なのはパケット通信料だけですから、1回およそ0.3円です。

もしこれが普及すると、売上から4%もの加盟店手数料を取っているクレジットカード会社は苦境に立たされるでしょう。約0.3円で確実にお金のやり取りができ、しかも同時に本人の特定もできるということになると、銀行もクレジットカード会社も改めてその存在意義を問われるようになります。ブロックチェーン技術は様々な業界に普及し、既存のシステムを壊していくことになるだろうと思います。

国という単位が無意味になる時代

iOSとAndroidしかない世界

それからさらに視野を広げて考えると、これからは国がなくなる可能性も出てきています。国がなくなるとはどういうことか。これはつまり、スマートフォン・セントリックなサービスを提供する企業にとっては、国家という単位は関係ない、ということです。そこにはiOSとAndroidしかないわけです。

たとえば、配車サービスのUberはサンフランシスコ発の会社ですが、すぐにニューヨークでも使えるようになりました。そして次は南アフリカ、ヨーロッパと進出して、5年後には全世界に広がっています。Uberは今では400近い都市に展開しており、利用できる地域はさらに広がり続けています。

なぜこんなに急速に世界中に展開できたかといえば、Uberにとっては国というものが関係ないからです。今までの企業は、日本支社を作って日本で拡販。そのあとにドイツ支社を作ってドイツで拡販というように展開していましたが、もはやそのような従来型の拡販のスタイルを取る必要はありません。スマートフォン・セントリックでやっていくということは、iOSかAndroidの入ったスマホがあれば場所はどこでも良い、ということです。

Uberで見る、21世紀の企業の形

Uberはサンフランシスコで生まれながら、実は本社機能はサンフランシスコにはありません。本社機能があるのはオランダです。たとえば東京である人がUberを使うと、その瞬間にオランダの会社に取引情報が送信されます。運転手には売上の80%が支払われるのですが、その支払いをするのはオランダにある会社なのです。

さらにオランダ本社はそこから経費を除いた利益をタックス・ヘイブンであるバミューダに本社登録した別会社に送り、最終的にサンフランシスコの会社に送られるのは全体の1.45%だけです。

そのため、Uberが大成功していても、アメリカ政府には税収がほとんどありません。Uberの実際の本社はサイバースペースにあり、世界中のあらゆるオーダーを全て同じシステムで決済しているので、国という単位はもはやほとんど意味を成していないのです。

これが21世紀の企業の形です。この延長線上で考えてみると、カントリーリスクも関係ないということになります。それから、以前は企業の“多国籍化”という言葉がよく使われていました。19世紀は国単位で他国を侵略していましたが、20世紀には会社が他国に進出し、多国籍企業が生まれました。しかし21世紀には、企業はそのように多国籍である必要すらなくなっています。どこにあっても一緒なのですから。

現在Uberでは3,000人以上が働いていますが、クラウド・ソーシングなので誰がどこにいても関係ありません。場所はどこであろうと、結果的に仕事さえやっていれば良いわけです。
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インターネットというサイバースペースの中で旧来の「企業」のカタチを持たず、21世紀の新しい染色体を備えた企業が台頭している。

テクノロジーの力で、零細企業でも業界地図を塗り替えられる

1年足らずで街からタクシーが消えた

一方でもう1つ重要な問題が出てきています。SME(Small and Medium Enterprise)、つまり中小企業とは何を指すのかということです。Uberは2009年に設立されて、2010年や2011年にはまだ中小にもいかない零細企業でした。それが5年足らずでいきなり巨大企業、5兆円の時価総額になりました。そうなると、中小企業とはそもそも概念として必要なのかという疑問が生まれます。個人の野心のレベルが高ければ、クラウド・ソーシングでもクラウド・コンピューティングでも、あるいはクラウド・ファンディングでも何でも使って、短期間で巨大企業になれるのです。

私はよくプライベートでオーストラリアに行くのですが、今はゴールドコーストに昔ながらの流しのタクシーはほとんど走っていません。以前からよく知っているタクシー運転手の男性に尋ねてみたら、こんなことを言っていました。まず街で手を挙げてくれる人がいなくなりましたと。みんなUberを使ってしまうので、流して走っていても、客を見つけられないそうです。しかも、Uberのほうが操業度が高く、実入りも若干良いのです。

また重要な点は、通常のタクシーでは、夜遅くなりキャッシュがいっぱいたまってくると、強盗に襲われる危険性があるという点です。Uberならキャッシュがドライバーの手元にないので襲っても仕方がない、安全だというわけです。

ゴールドコーストからタクシーがほとんど消えたのは、ここ約1年の間で起こった出来事です。それくらい変化が早いのです。テクノロジーを中心に考えていると、世の中はすごいスピードで変化しています。背景には全て、お金のやり取りに関わるフィンテック、データを解析して結論を出すビッグデータ、それから位置情報があることが分かります。

Uberにとっては位置情報が極めて重要です。そういうものを総合してみると、これからのビジネスにおいては、1つのシステムを理解しているだけでは駄目なのです。IoTに代表されるように、基本的には世界中の生産システムは連なってきます。

いま何が起こっているのか。テクノロジーを俯瞰で捉える

基本はスマホのネットワークを理解すること

これから先は、1つの技術を理解しようとするのではなく、テクノロジー全般で何が起こっているのかを見る必要があります。一番の基本はやはりスマホのネットワークをよく理解するということです。

スマホのネットワークというのはIoTとも密接な関係があるのですが、これまではA点にある機械からB点にある機械でやり取りをする、つまりM2M(Machine to Machine)でつながろうとすると、そのための通信網を作らなければいけませんでした。ところが今はセンサーでシグナルを送る際に、パケット通信網に乗せてしまえば、世界中のどこにでも情報を安く送ることができます。つまりこうしたネットワークがあることによって、世界中の全ての人、あるいは全ての機械、工場がユビキタス につながるという世界が実現したのです。

全てを定期的に、総合的に見直す

今までは目的別にネットワークを作っていたので、これは画期的なことです。今の4G などのネットワークは、目的別ではありません。要するに、いたるところに社会全体を覆っている通信のネットワークがあるということです。

一番頻繁に使われているのは、P2P(Peer to Peer)かデータ通信です。それが今度はM2Mになってきます。あらゆる機械が感知した情報を飛ばし、集められたデータを処理する。たとえば、上流で大雨が降っているということが分かったら下流地域に警戒を出す、ということが可能になるのです。IoTも基本はパケット通信網ですから、そういう点ではスマートフォン・セントリックなUberやAirbnbとほとんど変わらないものを使っているのです。

繰り返しになりますが、これからは特定の技術やサービスを1つずつ別々に勉強していては駄目なのです。半年に1回程度で良いので、全てを総合的に見直してみて、新しい事例や面白い会社、そういうものが出てきていないかを見ることを勧めます。

私自身もそうしたことを定期的にやっていて、また私の講義ではその時々で注目すべき事業を1つずつ解説しています。私のペースでよければこの講義を聴いていただければ良いのですが、私のスピードでは遅いということであれば、皆さんが自分なりに調べて、ご自分に合ったスピードで学んでいくのもいいでしょう。

いずれにせよ、日進月歩で進化する現代のテクノロジー、そしてそれらを活用したビジネスの事例を積極的に学んでほしいと願っています。
(2016.2.22取材:good.book編集部)
(次回に続く)

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