大前研一「教える」から「考える」へー答えなき時代の教育トレンドー 「学校制度に見る先進国エリート養成法」

【第5回】今、日本の「教育」が行き詰まっている。日本の高度成長を支えた、「正解」をいかに早く覚え、再現するかという従来の教育は、「答えのない時代」を迎えた今、うまくいかなくなった。日本の国際競争力を高める人材を育成する上で、障害となっているものは何か。21世紀の教育が目指すべき方向は何か。本連載では、世界からトップクラスの人材が集まる米国、職業訓練を重視したドイツ、フィンランドの「考える教育」など、特色ある教育制度を取り入れている先進国の最新動向から、日本の教育改革の方向性を導き出す。

本連載では書籍『大前研一 日本の未来を考える6つの特別講義』(2016年6月発行)より、国際競争力を高める人材を育成するための日本の教育改革について解説します(本記事の解説は2013年6月の大前研一さんの経営セミナー「世界の教育トレンド」より編集部にて再編集・収録しました)。

歴史あるイギリスのボーディング・スクール

世界の先進国では、どのようにしてエリートを育てているのか。
イギリスでは、ボーディング・スクールがその役割を担っています(図-7)。400~500年以上の歴史を持つ、全寮制の寄宿学校です。学費が高く、主に裕福な家庭の子供たちが入学し、集団生活を送っています。
イギリスの歴代首相19人を輩出したイートン・カレッジ、ウィンストン・チャーチル ら7人の首相を生んだハーロー校、ラグビー校が有名です。

日本にも、戦前は旧制高等学校があり、特に一高(第一高等学校)は、政財界に数多くのリーダーを送り出しました。一高もやはり全寮制でした。学校だけでなく、寮の人間関係の中で揉まれることが、人格形成にとってきわめて重要なのです。

加えて、イギリスを初めとする欧米のボーディング・スクールは多国籍です。昔の一高のように、均質性の高い文化の中で育った似た者同士ではなく、さまざまな言語、文化的背景を持った学生同士が切磋琢磨し、グローバルマインドが育っていく環境があるのです。
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米国のボーディング・スクールとリベラル・アーツ・カレッジ

米国にも、バリエーション豊富なボーディング・スクールがあります。
ジョージ・W・ブッシュ元大統領 の母校フィリップス・アカデミーや、ジョン・F・ケネディ元大統領 の母校チョート・ローズマリーホール、エマ・ウィラードという女子校もあります。

その後、米国のエリートは、いきなり専門を学ぶ大学に行くのではなく、歴史や文化など、教養的な学問を学ぶ「リベラル・アーツ・カレッジ」で4年間を過ごします。

マサチューセッツ州のウィリアムズ・カレッジなどが有名です。このほか、デポー大学(インディアナ州)、オーバリン大学(オハイオ州)などがあり、それらは中西部に集中しています。
そのような大学でみっちりと幅を広げた後、ロースクールやビジネススクール、メディカルスクールなどの大学院で専門の学問を修めるのが通常のパターンです。
エンジニアだけは、学部時代からエンジニアリングの勉強をしますけれども、基本的にはリベラル・アーツ・カレッジから専門の大学院へというパターンです。

スイスのボーディング・スクール

次に、スイスのボーディング・スクールです。
国際バカロレア(IB) を導入していることで有名なル・ロゼは、世界で一番授業料の高い、全寮制のボーディング・スクールです。世界数十カ国からセレブの子女が集まっています。

それからエイグロン・カレッジは、イギリス系の名門校です。スイスは多国籍企業が多いので、親は子供をボーディング・スクールに預け、自分たちは世界中を転々と赴任して回るという伝統があります。
グローバル・カンパニーにとっては非常に理想的なシステムが出来上がっているのです。

カナダのボーディング・スクール

カナダは治安がよく、教育水準の高い国です。
カナダのボーディング・スクールは、米国ほど「お金持ちの匂い」がしません。
英語とフランス語、2言語を公用語に持つ環境の中で高校時代を過ごすことができるというメリットもあります。アルバート・カレッジなどは、留学生の受け入れにも積極的です。

世界トップレベルの大学がそろう米国

大学は米国の圧勝

初等・中等教育の後の高等教育になると、これは先進国の中でも米国の圧勝です。
世界の大学ランキング、トップ20校のうち15校は米国の大学です(図-8)。このランキングは英紙「タイムズ」が毎年秋に発行している雑誌からの引用ですが、ほかに、米誌「ビジネスウィーク」が毎年発表する大学ランキングも有名です。

ビジネスウィークのランキングは、MBA(経営学修士)、ビジネススクールなどの学部別になっていて、毎年変わります。どうやって順位を決めるかというと、卒業生の給料です。
米国には「新卒一括採用」というシステムがありません。1人ずつインタビューして年俸を決めます。
その給料を全部足して、卒業生の頭数で割った数字が高い順にランキングされています。ある意味、もっともフェアな審査方法です。米国の大学は、これほどシビアな競争にさらされているということです。
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日本から米国への留学生が減っている理由

世界的にトップクラスの水準にある米国の大学・大学院には、世界中から留学生が集まってきます。留学生に人気があるのは、ビジネスマネジメント、エンジニアリング、リベラル・アーツ、コンピューターサイエンス分野の学部です(図-9の左側)。
NGO、NPO的なソーシャルサイエンスという学問も、最近では注目されています。
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図-10、左側のグラフは、米国への国・地域別留学生の推移を表しています。
かつては日本がトップだったのですが、2000年になる直前に中国に抜かれ、続いてインド、韓国、今では台湾にも抜かれてしまいました。

理由は二つあります。まず一つは、かつての日本から米国への留学は、企業派遣が多かったこと。しかし、多くの会社が企業派遣をやめてしまいました。なぜなら、派遣された社員が戻ってきても、勉強してきた人間を優遇する制度が整っておらず、留学しても昇進、昇級のパターンが変わらないので、嫌になって2年以内に退職してしまう場合が多くあったためです。お金をかけて米国に派遣しても意味がなくなってしまったのです。

もう一つは、今話題になっているTOEFLの試験です。ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)に入学するには、TOEFLで一定のスコアを獲得することが求められます。
TOEICが英会話力やリスニング力をテストするのに対し、TOEFLでは英語力と論理思考をテストします。
日本人は、論理思考と英語の組み合わせが苦手で、TOEICでは高得点が取れても、TOEFLで高いスコアを取ることが非常に難しい。そのため、留学するのに必要な水準をクリアできる人が激減しています。
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留学生比率、MIT27.2% vs 東大1.7%

図-10の右側に示したように、米国の主要大学は、留学生比率が非常に高いです。
MITの27.2%に対し、東京大学はわずか1.7%です。外国人教員比率も、米国では3割を超えている大学が珍しくありません。世界中から教授を招聘し、また世界中から優秀な学生が集まってくる土壌があるのです。
一方、東京大学の外国人教員比率6%というのは、ほとんどが教養学部の語学の先生です。こういう状況ですから、国際競争力が高まるはずがありませんね。

多額の寄付金により大学の競争力を高める

米国の大学には、功成り名を遂げた卒業生が母校に多額の寄付をする伝統があります。この寄付金を基に、大学基金を設立します。
ハーバード大学は、一時4兆円ほどの基金を持っていました。リーマンショックの後にガクッと減って、今はおよそ2兆1000億円です(図-11)。以下、基金の額が大きい順に、エール大学、プリンストン大学、テキサス大学、スタンフォード大学、MITが続きます。

実は、この基金だけで、大学を経営できるのです。基金の年間運用利益が、ハーバードの場合はだいたい年間10%くらいです。リーマンショック前の水準で言えば4000億円。全員の授業料をゼロにしても経営が成り立ちます。
しかし、ハーバードはあえてそうしません。貧乏だけれど傑出した能力を持つ人間は、授業料をただにする 。一方、お金持ちの子女には高額の授業料を払ってもらう。両方を組み合わせて、学生のクオリティを維持しています。さらに、集めたお金の大半を使って世界中から優秀な先生を集めることで、ますます競争力を高めるというやり方をとっています。
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(次回へ続く)
★リード文に引用書籍の詳細情報を追記しました(2016/12/7)。

大前研一 日本の未来を考える6つの特別講義

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この「教育問題」講義ももちろん収録。「人口減少」「地方消滅」「エネルギー戦略」…避けて通れない日本の問題を大前研一さんが約400ページのボリュームで解説する特別講義集。
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