大前研一『スマートアグリ』の最前線 「他国のマネでは成功しない。脱"兼業"・脱"コメ"で進める日本の農業改革」

【連載第7回】今、日本の農業は変わらなければならない。食料安保、食料自給率、農業保護などにおける農業政策の歪みにより日本農業は脆弱化し、世界での競争力を失った。本連載では、IT技術を駆使した「スマートアグリ」で 世界2位の農産物輸出国にまで成長したオランダの農業モデルと日本の農業を照合しながら、日本がオランダ農業から何を学び、どのように変えていくべきかを大前研一氏が解説します。

本連載では大前研一さんの著作『大前研一ビジネスジャーナルNo.8』より、IT技術を駆使した「スマートアグリ」で世界に名を馳せるオランダの農業モデルと、日本の農業の転換について解説します。
連載第7回は、日本がシフトしていくべき高付加価値路線の農業についてお話いただきました。

大前研一ビジネスジャーナル No.8(アイドルエコノミー~空いているものに隠れたビジネスチャンス~)

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大前研一氏が2015年に新しく打ち出したキーワード、「アイドルエコノミー」をメインテーマとして収録。AirbnbやUberに代表される、ネットワーク技術の発達を背景に台頭してきたモノ・人・情報をシェア/マッチングするビジネスモデルについて解説します。
同時収録特集として「クオリティ型農業国オランダから学ぶ"スマートアグリ"の最前線」を掲載。世界2位の農産物輸出を誇るオランダ農業モデルを題材に、日本の農業の問題点を探ります。

オランダの農業モデルを日本に適用できるか?

すべてを真似することへの疑問

オランダの農業がどのように転換し、約10兆円を輸出する世界2位の農産物輸出国となったのか。その理由を探るため、「スマートアグリ」と称される、さまざまなイノベーションを紹介してきました。
それらを日本に適用することは可能なのでしょうか?
その最大の疑問を解き明かすべく、ここからは、日本の農業に照らしながら考察していきたいと思います。

そもそも、これまで紹介してきたオランダの農業をそのまま真似すれば、日本の農業輸出が伸びるのでしょうか。それ以前に、すべてを真似することは可能なのでしょうか。オランダは30年弱でここまで成長したので、日本に真似できないことはないはずですが、果たしてすべてが適しているのか、という疑問も湧いてきます。
また、オランダの農業モデルを取り入れるなら日本では誰が実践するのか、農協がオランダの例に学ぶことはないのかなど、他国の例も交えながら、考えていきましょう。
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オランダと日本では農業を取り巻く環境・条件が大きく異なる

まず、オランダと日本の農業を取り巻く、環境・条件を比較していきましょう(図-29)。
地理的条件では、完全に日本が不利です。というのも、オランダはドイツやフランスなど、巨大で裕福な供給相手国が陸続きにあります。ところが日本の場合は、海を隔てているうえに、近隣には日本よりも低所得の国が多い。さらに中国や韓国など、近隣の国との関係も良好とは言えません。政治的関係を考えても、EU加盟国同士でそのようなわだかまりは抱えていないので、オランダのほうが有利です。

また、食文化はどうでしょうか。欧州各国は、加工用トマト、チーズ、ワインなど、共通項が多いですね。しかしアジアの場合は、主食がコメという点以外は、各国が独自の食文化を持っています。
関税・通貨に関しても、EU内では通貨が統一されており、関税がありませんが、日本の場合はアジア諸国との間に関税もあり、通貨も違います。ASEANは単一市場へと向かっていますが、それでもEUのような状況になるのに10年はかかるとされています。
そしてエネルギーコストは、オランダは北海油田から産出される安価な天然ガスを利用できるため、日本に比べて圧倒的に安い。日本はもともとエネルギーコストが高いうえに、原発の稼働停止や円安も相まって、さらに高くなっています。

このように見ていくと、オランダと日本では環境・条件が異なるので、単純にオランダの真似をしても同じ成果が出るとは言えません。だからといって、その不利を理由に何もやらないわけにはいかないのです。
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農業改革が進まない政治的原因とは

政治力が問われる農業の自由化・集約化

農業の競争力を強化していくための、転換の過程についても考えてみましょう(図-30)。
オランダでは、まず農業を自由化し、「選択と集中」を行いました。その後、人材・研究・流通などにおけるクラスター化、高付加価値化、ハイテク化を行ってきたわけです。
この取り組みが日本で可能かというと、高付加価値化、ハイテク化に関しては、設備機械の導入や制御システム・ITの導入など、すでに富士通グループなどが一生懸命やっていますし、今後も導入は可能でしょう。

クラスター化に関しては、オランダは世界のマーケットを熟知している点で成功していますが、日本の農家は「顧客を知る」ということを、これまでやってきていません。業界全体でプロモーションをして、ワンパッケージで世界に輸出していくには、かなりの努力が必要になってくると思います。
ただ、何より難しいのが、最初の段階で行うべき農業の自由化と、その先にある集約化です。
農家の保護を廃止して、農地を集約し、作物の選択と集中を行う。エネルギーコストを削減し、売電もOKでCO2も流用していこう、という部分です。これらについては、今の日本の政治力では非常に困難ではないかと思います。

つまり、オランダ型の施設園芸のハードとソフトは比較的たやすく導入できても、経営力のある農業法人や、農業関連のサービス市場が欠けた状態になってしまうわけです。それでは、競争力強化には至りません。
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日本はコメの自給率を捨てられるか?

さらにもう一つ大きな障壁となるのが、コメ生産です。オランダは穀物生産をきっぱりと輸入に切り替え、高付加価値農産物の生産・輸出にシフトしました。

実は日本には、すでに高付加価値農産物があります。アジアの富裕層などの間では、日本の果物は大変人気がありますから、値段がいくらでも売れます。台湾では、日本のリンゴが大人気です。そういった意味では、高付加価値農産物のほうは大丈夫なのです。
ところが、穀物つまりコメのほうを自由化できるのか、自給率を手放せるのか、というと、なかなかできない。土地や人、カネがシフトしない限り難しいでしょう(図-31)。
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脱・兼業農家、脱・コメを阻む政治の壁

ここで、図-32を見ながら、日本の兼業農家の問題をもう一度振り返ってみます。
水田作に132万人がへばりついています。対する果樹は26万人、野菜は48万人です。右側のグラフで農家の平均所得構成比を見てみると、水田作の農家は458万円の所得のうち、農業所得はほんの14%しかない。いわゆる兼業農家が多く、農外所得が40%、さらに年金所得が46%で、死ぬまでこれが続き、相続した人もおそらくこのパターンを踏襲するのでしょう。

しかしグラフを右に辿っていくと、果樹、野菜、ブロイラー、酪農、肥育牛と順に、農業所得は増え、果樹を除けば、総所得も大きくなっていく。つまり、農業で食べていけるようになっています。
付加価値の高い農産物を手がけている人は、農業所得が総所得の大半を占めるようになります。65歳以上の人も含まれているので、平均にするとこのような数字になりますが、農業所得で食べていけている人のほとんどは、年金所得のない若年層だとグラフからわかります。

では、なぜこの方向に国としてシフトしないのか? そのような農家が増えないのか?
それはやはり、水田作を続けていれば利権が得られるからです。自動車の購入費用から、ガソリンの購入費用など、経費は全部無料になるし、うまみが大きい。そういったところで水田作に、付加価値の低いコメにへばりついてしまうわけで、これこそが日本の農業改革の最大の問題なのです。つまり、高付加価値路線にシフトしなかったのは、政治的な原因であるということです。
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高付加価値路線へのシフトを探る

農業政策の本丸はコメではない

では、そこまでコメに執着するほど、コメは重要なのでしょうか。
図-33をご覧ください。かつて1000万トン近くあったコメの需要も、今では800万トンを切っています。

実は私たちは20年前、オーストラリアの視察の際に、コシヒカリの種を10kg持ち込んだことがありました。それらをヴィクトリアの生産者に渡して、コシヒカリを作ってもらうことにしたのですが、日本とまったく同じ味のコシヒカリができて、今では1人の生産者で30万トン作っています。
ということは、単純に考えれば、30人の生産者で日本全体のコメのニーズは十分にまかなえるわけです。冗談かと思う人もいるかもしれませんが、現実です。コメ農家を過保護にしてきたために、視野狭窄となっているのです。

ですから、やはり農政改革をしなければなりません。土地問題、兼業農家の問題をクリアし、農家を票田として保護するのではなく、アグリビジネス化させることが必要です。また、コメの需要が著しく減少していることを受け止め、野菜、果物、花卉、畜産などクオリティ型の品目を農業政策の本丸として位置づけていく必要があります。コメは日本の文化の問題としても捉えなければなりませんが、農業政策とは切り離して考えていくべきです。1000円/kgでも買いたい、という高品質のコメを作るのであれば、それはそれで売れると思います。
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オランダの農業モデルに日本らしさを取り入れる

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高付加価値路線へとシフトしていくにあたり、オランダ型施設園芸を日本はどのように取り入れていけばよいのでしょうか。
日本でも徐々に、オランダ型施設園芸や植物工場に取り組む企業や生産者が出てきています。オランダに比べると規模はまだ小さいですが、王子ホールディングス、日清紡ホールディングスなどは工場跡地を利用して始めています(図-34)。
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ただ、メーカー側に農業向け製品やシステム市場への参入について聞くと、農作物の育成・栽培に関するノウハウがない、販路がないなど、躊躇があるようです。自分たちの望む農地を入手することも難しいですし、規制もまだまだ厳しいのが現実です。

そんな日本を差し置いて、一足先に韓国と中国はオランダ型施設園芸を導入しています。韓国はパプリカを日本に輸出するところまで力をつけてきていますし、中国の日本への輸出も時間の問題だと思います。

したがって、日本がオランダ型施設園芸を取り入れて韓国や中国と同じことをやっても、韓国や中国の農業生産者と競合するだけですし、思うような成果にはつながらないでしょう。オランダ型施設園芸を導入しつつ、生産性・効率性で勝負するのではなく、“品種”“品質”“種類の豊富さ”など、日本らしさを取り入れていくことが、非常に重要になってきます。
(次回へ続く)
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