大前研一「分断された世界。『アメリカ・ファースト』はすでに達成されている」

もしアメリカ合衆国大統領トランプ氏が、反グローバリズム、孤立主義といった政策を推し進めれば、世界は分断され、経済危機に陥るでしょう。世界はこれまで多くの経済危機を乗り越えてきましたが、現在、予見されている危機の要因は「政治」です。今、世界でいくつもの大きな変革が起き、経済を不安定にする要因が生まれています。この連載では、世界と日本にどんなリスクがあるのかを大前氏が解説します。

トランプ氏の28項目の政策の中には、私から見ると「勘違い」に基づくものがかなりあります。

例えばTPP破棄を公約にしていたのは、TPPに中国が参加していると勘違いしていたからです。途中で気付いたものの、軌道修正できずにサインしましたが、外交と経済を勉強していない典型といえます。
失言癖、喧嘩好き、ディール重視の大統領が、いい大統領になるとはまず考えられません。どのような考え違いをしているか、それによってどんな影響が起きうるかを整理しておきましょう。

トランプ氏は、「アメリカの企業が海外生産を進めたことで雇用が流出し、アメリカに失業者を生んだ」と考えていますが、ここには2つの間違いがあります。
まずひとつ目は、アメリカの失業者は多くない、ということです。
アメリカの失業率は5%を切っており、事業を興そうとしても働いてくれる人を探すのが大変、という状況です。

トランプ氏の支持層の中心は、アメリカの白人の低所得者層、いわゆるプアホワイトと言われる人たちです。アメリカの内陸部には錆びついた工業地帯(ラストベルト)があり、失業者が多くいますが、ここは通信産業や金融業など、レーガン革命の恩恵を受けたシリコンバレー発のハイテク産業との国内競争に敗れて衰退したのです。

アメリカ企業が世界最適化で海外に労働力を求めたのはたしかですが、外国にいくほど力のあった企業は非常に強く成長してアメリカに富と雇用を生んでいるのです。

誤っているのは世界最適化ではなく、アメリカの税制

もうひとつの間違いは、世界最適化を否定してアメリカ国内でビジネスを完結させることがアメリカ国民のためになると考えていることです。
ウォルマートやコストコといったアメリカの小売業は、中国、ベトナム、バングラデシュなど、海外で生産されたモノをアメリカ国内に輸入しています。アメリカの小売業者は輸入業者として商売をしているわけですが、それは悪いことではありません。

海外で生産されたモノの方が、国内で生産されたモノより安いからです。すなわち、アメリカで売っているモノは世界最適化による産物で、だからこそアメリカ国民は安い値段でモノを買うことができる。
トランプ氏の支持層であるプアホワイトも含め、給料が上がらなくても生活できているのは、世界最適化あってこそ、なのです。

トランプ氏がアメリカ企業の国内回帰を求めているのには、こんな理由もあります。
アメリカの企業はたくさんの富を生み出したものの、そのかなりの部分を海外に蓄財している、ということです。
アメリカの勝ち組企業であるアップルやグーグル、あるいは医薬品メーカーは、200兆円もの資金を海外に蓄財しています。
税逃れだとしてアップルのCEOティム・クック氏がアメリカの上院公聴会に召致されましたが、その際、「税率が低い国に資金をおくのは当然だ」という趣旨の発言をしています。「我々は株主のために仕事をしているのであり、税率が高いアメリカに資金を持つことは株主に許されない、したがって海外に資金を置いている」というわけです。
もっともな言い分であり、現行の制度では企業が海外に資金を置くのは当たり前です。アメリカが税収を得たいのであれば、課税の仕組みなど、ルールを変えればいい。

資金をアメリカに還流させるか、海外に蓄財している部分にもアメリカの法人税を課す方式にすればいいのです。
仮に法人税率を45%とすれば、100兆円近い税収が生まれます。適切な税制によって税収を増やし、貧困層に再分配する。それが政治の役割です。海外の工場をアメリカに戻さなければ輸入品に
45%の関税を課すなどといった対症療法をしても、世界最適化の流れは止まりません。
(次回へ続く)
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グーテンブック編集部 グーテンブック編集部