障害を持って生まれた娘が教えてくれた、インクルージョンの大切さ

【連載第3回】「IoT/AIによる障害者のソーシャル・インクルージョンを実現する」ことを目的に設立した「スマート・インクルージョン研究会」の発起人・代表の竹村和浩氏が目指す「インクルーシヴ社会」とは何か? さらに東京オリンピック・パラリンピックに向けた先進的なビジョンと、その先に広がる日本の未来を、IoT/AIの活用という視点で語ります。 もしあなたに、ある日突然「障害を持った子供」が生まれたら、どうしますか? 3回目は本連載の著者・竹村和浩氏の「障害のある子供を授かる」という自身の体験を通して学んだ「インクルージョン」の本当の意味、大切さについて語っていただきました。

「お構いできませんが」という言葉の意味はこういうことだったのか……。
私は、その状況を改善してもらうために、校長や教育委員会に掛け合いましたが、学校側にそのような意図はない、と言われ、状況は変わりませんでした。私たちには、「あなたの子供には通常学級は無理」と言われているように思え、また元教員でもあった私としては、教育に携わる人たちが、「障害がある」という理由だけで、子供に理不尽な対応をすることが許せず、ついには署名活動をするに至りました。

区長に区議会議員を通じて、2度にわたる請願をしましたが、徒労に終わりました。教育委員会というところは不思議なところで、まるで治外法権でもあるかのように、首長の言うことでも聞かなくていい、という空気があります。結局、何ら状況は改善されず、同じクラスにいた他の障害を持つお子さんは、ついには諦めて転校してしまいました。
最後たまりかねた私たちは、日本ダウン症協会に所属し、その理事会で窮状を訴えました。こうして協会から、区長、教育長、校長へ、状況改善のための要望書が出され、ようやく事態は収束しました。

今では、担任の先生とも和解し、よき理解者となってくれていますが、この経験を通して私は、この日本で、また日本でも最も障害児の支援が進んでいると思っていた東京で、障害を持つ子供が通常学級へ通う=「インクルージョン」する、ということがいかに難しいかを思い知ることとなったのです。また障害というのは障害を持つ本人にあるのではなく、「それを受け入れない社会の側にあるのだ」ということの意味を深く理解することができました。

インクルージョンの可能性を探る

娘は、6年間この小学校に通い、その間、担任の先生は何人か変わりましたが、その先生方は異口同音に、「みんなと同じクラスにいることは、○○ちゃんにとってもいいことだけれど、それ以上に、周りにいるクラス全員にとってもいいことです」と言ってくれました。
実際にそうだったと私も感じます。本当ならば、少し荒れるかも、と心配されたクラスでしたが、6年間イジメはゼロでした。

また、勉強に全くついていけていなかった娘に、学年の変わり目ごとに「杉の子学級(特別支援学級)に行く?」と聞きましたが、「行かない」というので最後まで6年間、保育園で過ごしたみんなと過ごすことになりました。
その結果、今娘は、近所を歩けば地域の人たちが、「○○ちゃん!」と自然に声をかけてくれるようになりました。また、学年を超えて、たくさんの子供たちから気軽に声をかけてもらえるようになっています。

こうして私は娘を通して「インクルージョン」の意味と大切さを、身をもって学びました。
そして今私は、これまでの自分の経験を通して、障害のある子供も大人も、ない子供も大人も、誰もが、安心・安全に暮らし、またお互いを思いやることのできる、心豊かな社会=「インクルージョン」という社会の可能性を探り、インクルージョン社会を日本のみならず、世界中で築いていくべく様々な活動を行っているのです。
(次回へ続く)
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グーテンブック編集部 グーテンブック編集部