障害があってもなくても誰もが同じ地平で生きていく―インクルーシヴ社会を理解する

【連載第1回】「IoT/AIによる障害者のソーシャル・インクルージョンを実現する」ことを目的に設立した「スマート・インクルージョン研究会」の発起人・代表である竹村和浩氏が目指す「インクルーシヴ社会」とは何か? また東京オリンピック・パラリンピックに向けた先進的なビジョンと、その先に広がる日本の未来を、IoT/AIの活用という視点で語ります。

北米でのノーマライゼーションの普及:ヴォルフ・ヴォルフェンスベルガー

1960年代後半から1970年代前半に、ドイツ出身で発達障害研究者であったヴォルフ・ヴォルフェンスベルガーによって、「ノーマライゼーション」は北米に普及していきます。
アメリカ移住後、ヴォルフェンスベルガーは、ミケルセンとニイリエの「ノーマライゼーション」の考え方をよりその国の文化・地域に根差したもの(文化・特定的)にするべきであると考えました。

大規模施設から小規模なグループホームへの移行、また、ホステルなどの適応施設の開設を行い、そのための人的な援助のシステムを構築しました。

ミケルセンとニイリエの「ノーマライゼーション」が、主として障害児者の環境の整備・改善を目指したのに対して、ヴォルフェンスベルガーの「ノーマライゼーション」は、それに加えて、目標達成のために、専門家育成や、援助プログラムの開発に力を入れました。
そのため、PASS:(Program Analysis of Service System)と呼ばれる、「ノーマライゼーション」達成の評価基準を作成し、知的障害者の社会的イメージの向上と、障害者自身の能力の向上を目指しました。これは、のちにPASSINGとして1983年に発表されました。

ヴォルフェンスベルガーの特徴は、環境よりも人的な援助、さらには、デンマークやスウェーデンと同じやり方を必ずしも、そのまま導入するのではなく、その国の「文化・特性」に応じた形での「ノーマライゼーション」を目指したところに大きな違いがあります。

彼はまた、知的障害者は社会的に逸脱した人たちである、と捉える考え方を是正すべきと考え、「障害者の社会的役割の実践」(social role valorization )を提唱し、社会的弱者や障害者にそれぞれの社会的役割を与え、それを維持する社会を目指しました。現在の「インクルージョン」にもつながる思想の萌芽ということができます。

北米から世界へ

ノーマライゼーションの発展

ノーマライゼーションの発展

その後、「ノーマライゼーション」の理念は北米から世界へと広がっていきます。そして、この理念は、やがて1971年、国連総会で採択された「知的障害者の権利宣言」、1975年の「障害者権利宣言」、1982年の「障害者に関する世界行動計画」、さらには「国連障害者の10年」などの基本理念として採択されていきます。

この考え方に基づいて、世界中で障害者の権利、「ノーマライゼーション」の考え方が普及していきました。

この「ノーマライゼーション」の理念は、環境を整えるという考え方から、バリアフリー、ユニバーサル・デザインへと発展していくことになります。
(次回に続く)
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グーテンブック編集部 グーテンブック編集部