大前研一『スマートアグリ』の最前線 「日本がクオリティ農業国オランダに学べること」

【連載第1回】今、日本の農業は変わらなければならない。食料安保、食料自給率、農業保護などにおける農業政策の歪みにより日本農業は脆弱化し、世界での競争力を失った。本連載では、IT技術を駆使した「スマートアグリ」で 世界2位の農産物輸出国にまで成長したオランダの農業モデルと日本の農業を照合しながら、日本がオランダ農業から何を学び、どのように変えていくべきかを大前研一氏が解説します。

記事のポイント

本連載では大前研一さんの著作『大前研一ビジネスジャーナルNo.8』より、IT技術を駆使した「スマートアグリ」で世界に名を馳せるオランダの農業モデルと、日本の農業の転換について解説します。
連載第1回は、日本の農業が抱える問題についてお話いただきました。

大前研一ビジネスジャーナル No.8(アイドルエコノミー~空いているものに隠れたビジネスチャンス~)

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大前研一氏が2015年に新しく打ち出したキーワード、「アイドルエコノミー」をメインテーマとして収録。AirbnbやUberに代表される、ネットワーク技術の発達を背景に台頭してきたモノ・人・情報をシェア/マッチングするビジネスモデルについて解説します。
同時収録特集として「クオリティ型農業国オランダから学ぶ"スマートアグリ"の最前線」を掲載。世界2位の農産物輸出を誇るオランダ農業モデルを題材に、日本の農業の問題点を探ります。
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なぜ今、オランダに学ぶべきなのか

政治が何十年も遅れている典型例、お荷物農業

2015年10月、TPPが大筋合意に至った今、日本の農業は政策を抜本的に見直す局面に来ています。今回は、「スマートアグリ」と呼ばれるオランダの農業を学びながら、同時に日本の農業問題を考えます。

戦後の復興を経験した世代は、日本の農業が「ひもじい胃袋を満たしてくれる」ありがたい存在として歓迎されていた時代をご存知でしょう。しかし、時を経て気づけば現在、ある意味では農業が政治的あるいは国民的にも負担になってしまっている。これは、政治が世の中から何十年も遅れている、という典型例ではないでしょうか。

オランダの農業から日本は何を学べるか

実は、今回世界の最先端をいく事例として紹介するオランダの農業も、過去に今の日本のような苦境に立たされた時期がありました。
1986年、EC(欧州共同体、以下EC) にポルトガルやスペインが加盟した際、安価な外国産の野菜が多く流入し、オランダの農業が壊滅的な状況に陥ったのです。

その危機を乗り越え、クオリティ農業国へと成長を遂げた。そのオランダモデルから日本は何を学べるか、多様な視点から考えていきたいと思います。
農業問題とひと言で言っても、そこにはさまざまな問題が複雑に絡み合っていますので、まずは現在の日本が抱える農業問題を明らかにしていきましょう。

農家であることのうまみ

増える耕作放棄地、減退する就農人口

日本の農業をデータで見ると(図-1)、農業総産出額は1980年代半ばから低減傾向にあります。また生産農業に従事する人の所得は、全体でわずか2.9兆円ほどと、非常に低いです。

農業就業人口は、1970年に1025万人だったのが、2014年には約227万人。さらにこの227万人のうち半数以上は、65歳以上の年金受給者です。高齢化が進むことで耕作放棄地も拡大し、その面積は約40万haにも及びます。

このように農家は耕作地を持て余しているものの、政府が大規模農場を作るために農地集約を試みても、2014年は目標とする農地の10分の1も集まりませんでした。
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農業収入<年金収入の兼業農家問題

その理由として考えられるのが、農業に関わる利権問題です。

日本の農家は兼業農家、つまり農業収入以外の収入がある人が大半です。とりわけコメ農家は兼業率が高く、収入の8割は農業収入以外で得ています。前述したとおり就農者の半数以上が65歳以上ですから、年金収入が農業収入を上回る人が多いわけです。

土地を持て余しながらでも細々と農業を続けるのは、税金など各種優遇、農業補助金など、手厚い保護があるからです。だから農業を辞めることの不利益が大変大きい。私も農業をやっていますが、ある地域で土地を売ってもらおうとしたところ、3000万円と言われた。ところが、貸すとなれば5万円だと言う。つまり農地を手放すことで発生する損が、3000万円に値するということです。

コメを中心作物に据えてしまった失敗

また、コメ農家の兼業率の高さには、日本の致命的なミステイクも潜んでいます。

世界的にはコメや小麦などの穀物は「コモディティ」と呼ばれ、付加価値が一番低いものだとされています。日本はこの一番付加価値の低いもの=コメを中心に農業を組み立ててしまった。
いわば、付加価値の低いものでも農家が食べていけるような仕組み、先ほど述べたような優遇措置をとってしまったために、追い込まれたとしても、農民自らが付加価値の高いものにシフトすることを考えない。
他の産業界ではそのようなシフトチェンジは当たり前なのに、農業においては、「コメを作っていれば食べていける」と留まってしまう。これは決定的なミステイクです。

世にも奇妙な食料自給率と食料安保

食料自給率の矛盾

さらなるミステイクとして、食料自給率も見逃せません。

食料自給率には、戦時中の食料難を顧みて出てきた“食料安保論”から出てきたという背景があります。つまりいざという時に備えて、食料はある程度自給していなければならない、という一般的な考えに基づいているのです。人々を恐怖に陥れるレトリックとしては、非常に有効です。

ところが、現実として、先に枯渇するのは油です。穀物であるコメは備蓄できますので、先に油が切れる。すると、灌漑用水もできないし、当然のことながらトラクターも動かない、肥料も作れない。コメがあっても炊くためのエネルギーがない。「それなら、炊いていないコメを噛める強い歯を作りましょう」と言いたくなるほど、食料自給率は矛盾をはらんでいるのです。

本来、食料自給率は、農業輸出する強さがあれば、気にしなくてもいいものなのです。後で詳述しますが、オランダは食料自給率をあまり気にせず、必要であれば躊躇なく輸入をし、一方で輸出できるものは徹底的に輸出する姿勢を貫いています。

食料安保のあるべき姿は?

したがって、日本も食料安保の捉え方そのものを考え直す必要があります。
私は30年前から「海外で食料を調達するための、日本の国民のための“胃袋省”が必要だ」と提案してきました。農林水産省は農民漁民省にすぎない、それよりも「食料省」が必要である、と。

今、TPPによって、この案も実現の可能性が出てくるのではと期待しています。
世界の最適地から、安全安心で安い食料を買う。1カ所から集中的に買うのではなく、いくつかの最適地と取引してリスクを回避する。同時に、日本の農家が経営的な視点で農業を捉え、世界で競争できる品目を増やしていく。それをもってして初めて、食料安保は達成されると言えます。

日本の農業に欠けてしまったアンビション

農業を開放経済として受け入れよ

もうひとつ、日本の農業問題に深く関係するものに、農協(農業協同組合、以下農協)があります。
今回、オランダ農業に何を学べるかを考えていくなかで、農協問題はとても大きいです。
オランダ農業の一体型システムを支える専門性の高さ、強さに倣うには、今そうした機能を抱え込んでアバウトにやっている農協、とくにJA全農(全国農業協同組合連合会、以下JA全農) を解体して、専門化していく必要があります。

日本はもはや、ボーダレスな開放経済を前提に考え、農業を作り直さなければなりません。
明治時代に鉄道の敷設をイギリスに学んだ、あるいは「君たちはアンビションが足りない」とクラーク博士に言われたところから出発した札幌農学校 がそうであったように、初心にかえり、日本の農業は今オランダに学ぶ必要があるのです。
(次回へ続く)
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