お母さんと子供の健康を守る、「マイナス1歳」からの虫歯予防ってなに?

【連載第2回】「子どもを生涯むし歯にさせなくない!」という思いは親なら誰もが持っているはず。そんなお母さん、お父さん必読の当連載。「治療をしない歯科医療」を広めようと、全国で講演やセミナーも行っている歯科医師・辻村傑(すぐろ)先生に、子供の口腔健康を守る方法を教えていただきます。第2回の今回は、「マイナス1歳からの虫歯予防」という考え方と、予防歯科の推進を阻む「自由診療・保険診療」の問題についてお話しいただきました。

記事のポイント

●「マイナス1歳」からの虫歯予防
●予防歯科を実現する「自由診療」
●子供のためにも知っておこう! 歯医者さんの「保険」の問題
●「出る杭は打たれる」。個性を伸ばせない日本の教育と社会

*本連載は2015/2発行の書籍『治療ゼロの歯科医療をめざして(著:辻村傑)』の内容をもとに再編集しお届けします。

治療ゼロの歯科医療をめざして 「トータルヘルスプログラム」が変える日本の歯科医療

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現在の日本の歯科医療に潜む深刻な問題点と迫りくる危機、理想の歯科医療像について、著者ならではの鋭い視点で語ります。

「マイナス1歳」からの虫歯予防

歯科医療先進国フィンランドでは、虫歯や歯周病にならないよう「予防」のために、子どもからお年寄りまで誰もが進んで歯医者さんを訪れます。
とくに妊婦さんは口腔内の健康に気をつかっていて、多くの妊娠中の女性が定期的に歯科医院に足を運びます。当地では「妊娠したらまず歯科に行こう」という感覚が当たり前になっているのです。

妊娠中の母親は女性ホルモンの関係で虫歯や歯周病になりやすいです。また歯周病菌などが子宮に悪影響を及ぼし、早産のリスクが高まります。そういったことが国民にしっかりと理解されているフィンランドでは、妊娠したらすぐに歯科医院に行って、歯科衛生士の下で教育を受ける土壌があります。
北欧諸国では「マイナス1歳からの虫歯予防」という言い方があるのですが、つまり赤ちゃんが生まれる前から、お母さんから口の中の健康を守る、という考え方です。

そして出産後は、子どもを絶対虫歯にさせない、そのためには子供が0歳の時から歯医者さんに通う、というのが当たり前の社会になっています。
生まれたときから定期的に歯科医院に来院して「予防」を行えば、一生虫歯や歯周病にならない生活が送ることができます。日本でもこれまで「予防が大切」と言われてきましたが、日本で言う予防とは、単に「早期発見、早期治療」という意味に過ぎません。
定期的に歯科医院に行って、小さい虫歯のうちに見つけて、小さいうちに処置しましょうという程度のものですが、北欧諸国の場合は絶対に「疾病を食い止める」「疾病を起こさせない」ということが念頭に置かれているのです。

予防歯科を実現する「自由診療」

北欧で学んだこと。それは「きちんと検査をし、きちんと管理をする」ということです。ヨーロッパのなかでもとくに北欧は、福祉国家と言われているとおり、国家がきちんと国民全体のQOL(Quality of life=人生の質)を重要視してコントロールがなされていて、歯科医療だけではなく、医療全般に対しても同じような発想で取り組みが進められてきました。
治療という面を見れば、北欧諸国よりも日本のほうが技術的には上かもしれませんが、国民の健康の管理体制、予防に対する国民の意識という点では、北欧諸国のほうが進んでいます。

日本の他の歯科医師の方々も、北欧諸国のそうした「予防歯科」というスタイルを取り入れる方々もいらっしゃいますが、数的、比率的にまだまだ少ないのが現状です。
その壁となっているのが「自由診療」(自費診療)という壁です。多くの歯科医院にとって、予防を中心とした自由診療にかじを切るということが、経営的にリスクが高すぎると感じられているようです。
また歯科衛生士においても、予防医療の技術は習ったことがあり、断片的であっても質の高い情報が頭に入っていながら、それが実際の医療現場に反映されていません。

子供のためにも知っておこう! 歯医者さんの「保険」の問題

お母さん、お父さんが子どもの虫歯予防のため、またご本人の歯の「予防」のために歯医者さんにかかる上で、日本の歯科医療における「保険制度」について理解を深めておくことが大切です。そこで、ここで少し歯医者さんにおける保険についてお話します。

日本と欧米では、保険システムがかなり違います。基本的に日本以外の国では、国家レベルの保険制度というものがほとんどありません。にもかかわらず、北欧諸国などで「予防歯科」がうまく機能している一番の理由は、予防という形で歯科医院にかかるとインセンティブ(特典)が付くからです。
予防のために定期的に診察を受ければ、もし何かの疾患で治療が必要になった場合に、国が半分面倒をみてくれるのです。しっかり予防医療を受けていなければ、いざというとき治療費が全部自費になってしまうことがみんな分かっているので、きちんと歯医者さんに通って予防を行うのです。これは非常に素晴らしいシステムだと思います。

一方アメリカでは、もともと医療費が高いせいもあり、治療をしなくてもいいように、多くの人々はデンタルケアに非常に気をつけています。
日本であれば、保険が利いて非常に安い費用で治せてしまう虫歯も、アメリカの歯医者さんで治療したら4~5万円もかかってしまうことがあります。ですからアメリカ人はいくらお酒を飲んだ後でも、必ずきちんと歯磨きをしてから就寝します。
歯磨きに対する意識や歯に対する価値観が、日本人とは全然違うのです。日本では虫歯程度なら安価で簡単に治せてしまうために、歯磨きをはじめ予防に対する意識が欧米の人々に比べてかなり低いと言わざるを得ません。

ヨーロッパやアメリカでは、「歯科医療=高額」ということがしっかり認識されています。また、歯並びや歯の美しさが、教養や生活レベルの高さ、生活水準(社会的ステータス)を表すと考えられているので、ホワイトニングや歯列を治す矯正も当然のように行われています。

「出る杭は打たれる」。個性を伸ばせない日本の教育と社会

こうしてみると、日本の保険診療にはもちろん良い面もありますが、「予防」という観点から考えると、そこにはさまざまな問題が横たわっています。ひいては、国として前向きな歯科医療政策が何もないのが大きな問題です。

そんな中、私も含め自由診療、とくに予防医療をメインにした歯科医療を提供する歯科医院も、わずかではありますが現れはじめています。
しかし、相変わらず保険診療にこだわっている歯科医師の中には、自由診療へシフトした歯科医師に対して批判的な声も多く、ともすれば「お金儲けをしようとしているのではないか」などと陰口を言われることも少なくありません。やはり日本社会では「出る杭は打たれる」ではありませんが、既存のルールやしきたりからはみ出す者に対して排他的な風潮があるように感じられます。

少し話が脱線してしまいますが、公文式(日本公文教育研究会)という学習塾があります。フィンランドという国が教育に力を入れようとしたときに、日本の公文式に興味を持ったそうです。
そこでフィンランドは公文式をある期間取り入れてはみたのですが、学力は平均的に上がったけれど、個性が伸びなかったそうです。結果、人口の少ないフィンランドにこれは合わないと判断され、導入が見送られたそうです。

それから30年たった今、フィンランドの個性を伸ばす教育は成功をおさめ、人口が少ないにもかかわらず非常に生産性の高い国になりました。また2014年10月には、東京にフィンランド式教育のムーミンインターナショナル幼稚園がオープンし、個性を伸ばす教育が輸入された形となりました。

日本では今、残念ながら個性が伸びない教育が行われているように思えてなりません。いつの間にか新しいことにどんどんチャレンジしようという精神に欠ける国民になってしまったようです。
歯科業界も然り。今こそ日本の閉塞的な歯科医療に風穴を開け、新しい発想で本来あるべき歯科医療を提供していく。そうしたフロンティアスピリットを持った歯科医師が求められているのです。

(次回へ続く)
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